KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

夕学レポート

2016年12月21日

IoTが連れてくる、人間味あふれる世界

photo_instructor_847.jpgアメリカで過ごした中学時代からプログラマーとしてのキャリアをスタートし、大学在学中に起業して生体認証の新技術を開発し成功をおさめた齋藤ウィリアム浩幸さん。この経歴を聞いただけで、間違いなく「天才」 だということがわかる。
現在は日本でアントレプレナーへの支援活動をおこなう傍ら内閣府本府参与としての顔も持つ超エリートだが、壇上では第一声からフレンドリーな雰囲気をかもしだし、自己紹介にはご自分の失敗談も盛り込んで見事にアイスブレイクされていた。

「ムーアの法則」がもたらすIoT

今回の講演の軸のひとつとなっていたのは、「Moore’s Law=ムーアの法則」だ。これはインテル社の創業者のひとりであるゴードン・ムーア氏が提示したもので、「半導体、ストレージ、センサーは、2年ごとにパフォーマンスが2倍になる。もしくは値段が半分になる」というもの。
齋藤さんは、「ムーアの法則に従ってトランジスタ、コミュニケーション、ストレージ、センサーの4つの要素が利用しやすくなったおかげで、IoT(Internet of Things)が実現可能になりました」と説明した。


ところで、このレビューの筆者である私は、webサイトの制作者としてIT業界の片隅に身を置いている。 しかし「IoT」という言葉に聞き覚えはあるものの、果たしてその正体が何なのかイマイチ理解できていない。恥ずかしながら、「外出先からエアコンのスイッチをONにできる、みたいなやつでしょ」という程度の認識だ。
だが齋藤さんのお話を聴いているうちに、IoTがそんな単純なものではないことがよく分かった。
たとえば、すでに実在するIoTの例として挙げられた「牛の体内センサー」。
牛にセンターを飲み込ませ、体内に入ったセンサーが読み取ったさまざまな情報をワイヤレスで送信する。この情報を外からキャッチすることで牛の健康状態を管理する、というものだ。
コンピュータの処理能力がネズミの脳を超えたのはすでに過去(2015年)の話だ。ムーアの法則に従って考えると、遅くとも2023年には、人間の処理能力を超えると見られている。高性能で安価なセンサーで取得した大量の情報を一瞬で処理できるようになる世界には、一体どんなことが待ち受けているのだろうか。
その疑問に対する答えのひとつとして、齋藤さんは「IoTの発展によって、小学生が大人になるころには、いま存在する職業の65%はなくなるでしょう」と語った。
雇用だけでなく、教育の現場にも変化が訪れる。調べれば分かることや自動化できるものは機械に任せた方がミスなく効率よくこなしてくれるからだ。
「そのとき、人間に求められるのは『人間らしさ』ということになるのでしょう」と語る齋藤さんの話を聴きながら、10年後の自分がどうあるべきか、思いを巡らせた。

“プラットフォーム”を持つ強み

講演の最中、突然クイズコーナーがはじまった。齋藤さんが「世界一の広告代理店がどこだか分かる人、いらっしゃいますか?」と客席に問いかけたのだ。「うーん、たしか電通は5位くらいだったよねえ…」などと考えてみるものの、正解は分からない。会場からも手は挙がらず、結局、齋藤さん自ら解答を口にしたのだが、その答えはなんと「Facebook」。
「Facebookは代理店というより媒体では?」という気がしないでもないが、この一問目でクイズの主旨が理解できた。
では、世界一の映画会社は? 答えはYouTube。
世界一のタクシー会社は? 答えはUber。
世界一のホテルは? 答えはAirbnb。
世界一の小売店は? 答えはAmazon。
…ではないのです。最後は引っかけ問題。正解はAlibabaでした。
このクイズで齋藤さんが言いたかったのは、「いまの社会では、実際にモノを作るのではなく、誰かが作ったモノやサービスをユーザーに届けるためのプラットフォームを有する企業がパワーを持っている」ということ。
日本はモノづくりに長けている。これまでも、いろいろな製品で1位を獲ってきた。それなのに、その製品がデジタルに変わる時点で1位の座を海外にうばわれてしまう。これは本当に残念なことだ。
IoTで魅力的なプラットフォームを創りだすことができるかどうか、それがこの先の日本の産業の発展に大きくかかわってくる。政府は「Society 5.0」というキーワードのもとに研究を進めているようだが、世界をあっと驚かすようなサービスの出現をぜひ後押ししてもらいたいものだ。

「守るため」ではなく「攻めるため」のサイバーセキュリティ

IoTと切り離せないのが、齋藤さんの専門であるサイバーセキュリティだ。
「サイバー攻撃」を身近なところで考えると、たとえばウィルスのせいでパソコンが使えなくなったり、webサイトがハッキングされておかしな表示になったりといった心配はあるが、それだけではない、サイバー攻撃は現実世界にも大きな被害をもたらす重大な問題として捉えられている。
サイバー攻撃が戦争で用いられることはよく知られているが、それ以外にも、海外の町全体が1週間にわたって停電させられたり、地下鉄に設置された切符販売機がハックされて電車が乗り放題になってしまったり、日常生活に混乱を招いた例も報告されているのだ。
ただ、だからといって「インターネットは危険だ」「心配だからネットワークを遮断しよう」という考え方は間違っている、と齋藤さんは語る。
私たちが生きている現代は、ICT(Information Communication Technology)なくしては成りたたない。遠ざけるのではなく、むしろそこに飛び込んで積極的に勉強し理解すれば、「分からないから怖い」状況は避けられる。
既存の概念や価値観に囚われず、新しいものを恐れず、変化を柔軟に受け入れ続けることは難しい。でも、それを辛いと思わず、むしろ楽しもうとするくらいの気概を持てば、いまよりもっと暮らしやすく、「人間らしさ」を大切に生きられる未来を迎えることができるのかもしれない。
それにしても、「IoTとサイバーセキュリティ」というタイトルから最新技術にまつわるクールな内容を想像していたが、むしろ、齋藤さんの”熱さ”と”人間味”を感じる講演だった。
「大学時代、アメリカで起業したばかりの自分を応援してくれた日本に恩返しするため、そして次世代の日本を担う若者を守りたくて日本に帰ってきた」と語る齋藤さんの強い信念が大きな実を結ぶよう、今後のご活躍を応援したい。
(千貫りこ)

メルマガ
登録

メルマガ
登録