夕学レポート
2006年06月02日
「自分を活かしつつ相手に合わせる」 武田美保さん
シンクロの日本代表チームの練習は1日10時間以上に及び、ほとんどの時間を水深3メールの足の着かないプールで過ごします。たとえ、コーチの指導を受けていても水の中にいる間は常に立ち泳ぎを続けているのですから息つく暇もありません。人によっては1日の練習で2キロ体重が落ち、それを補うために5,000カロリー/日の食事を採るのだそうです。時には大皿に山盛りにエビフライを13匹も食べないといけないとか。スポーツ選手は食べるのも練習のうちだといいますが、女性には想像を絶する過酷な環境です。
武田美保さんは、そんな選手生活を20年以上続け、稀代の鬼コーチ井村雅代さんの指導を受けてきました。さぞや逞しい女性かと思いきや、控室に現れた武田さんは、涼しげな麻素材のスーツを颯爽と着こなし、控えめな笑顔が印象的な方でした。口を開くと、おっとりとした品の良い京都弁が心地よく、周囲に打ち解けた雰囲気を醸し出します。素晴らしく魅力的な女性です。
講演は、近所の水泳教室に通いはじめた5才の時の話からはじまり、シンクロとの出会い、母親の協力、井村コーチとの関係へと発展し、アトランタ、シドニー、アテネの3度のオリンピックを経て、シンクロ選手として、また一人の人間として武田さんが成長してきた過程をご自身で確認しながら紹介していただきました。どの話も興味深いものばかりでしたが、私が特に印象に残ったのは、立花美哉さんとのディエットにまつわるお話でした。
通常シンクロのデュエットペアは、同じ体型、特徴をもった、似たタイプ同士で結成するものだそうです。ロシアでは何世代にもさかのぼって体型を調べ、骨格や筋肉の組成まで考慮して適格性を判断するとのこと。一方で立花・武田ペアは、我々がテレビで見てすぐわかるように、身長で5センチの差があることをはじめ、手足が長く曲線型の体型で、しなやかさが持ち味の立花さんに対して、武田さんは直線型の体型で、姿勢の良さや身体のキレが特徴で、まったく異なるタイプでした。ディエットは二人の「同調」が前提になりますが、立花さんは2年先輩で、すでに確固たる地位を確立していたので、武田さんが立花さんに合わせることが求められたそうです。そしてその苦労は並大抵ではなかったようです。試行錯誤の結果、武田さんが辿り着いたのが、「自分を消して立花さんと合わせるのではなく、自分の持ち味を出したうえで、立花さんに合わせること」だったそうです。よくニ項対立は哲学の基本構造だと言われますが、「相手に合わせる」ことと「自分の良さを出す」ことという、一見相容れない二つの大切な要素を両立できる表現方法があるはずだと気づいたことがターニングポイントだったわけです。立花・武田ペアは、その後世界選手権で3度表彰台に上がり(一度が優勝)、オリンピック2大会連続銀メダルという輝かしい戦績を残しました。異質な二人がそれぞれの良さを活かしつつ成し遂げた「同調」には外国人ぺアには出せない組み合わせの妙があったということでしょうか。
「シンクロは新しい自分を発見してくれる」という武田さん。いまは、競技者としてではなく、エンタテイメントとして自分を表現する場としてマッスルミュージカルに力をいれているそうです。先週春公演が終わったばかりですが、夏にも新たな公演がスタートするといいます。シンクロの道を究めるのはまだまだ先になりそうです。
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