夕学レポート
2007年04月25日
世界共通の論理を求めて 鈴木光司さん
鈴木光司さんの講演前日、4月13日に、全国の中学3年生、小学校6年生230万人余りを対象にした「全国学力テスト」が実施されました。実に43年ぶりに全国規模で実施される学力テストです。
“文壇最強の子育てパパ”として、二人のお嬢さんの育児を担ってきた鈴木さんは、教育論にも強い問題意識を持っています。講演は、この「全国学力テスト」を巡るマスコミの報道や一部意見に対する疑問提起からはじまりました。
鈴木さんは、「全国学力テスト」に関わる論議をご覧になって、「あやふやな情報や情緒に流され過ぎる」という日本人の欠点が象徴的に現れているという感想を持ったそうです。
ひとつは、「全国学力テスト」をなぜやるのか、という目的にかかわる議論がほとんどないこと。もうひとつは、「世の中は競争社会である」という暗黙の前提に縛られた強迫観念的危機感が蔓延していることです。
鈴木さんとしては、
まず「全国学力テスト」の目的を論じるべきで、「学力低下の実態データを把握する」「子ども達の指導の役立てる」という目的に照らせば、ひとり一人の学力の相対的な位置を正確に把握するという全国規模のテストは「理」にかなった試みである。
また、「世の中は競争社会である」という認識はある一面だけを強調した誤解であって、むしろ多くの人々の協力によって成り立つ「協力社会」と言ったほうが相応しいはずだ。競争社会を煽るから序列付けを反対するというのは、あまりに情動的な意見ではないだろうか。
という意見です。
鈴木さんのこの姿勢は、ご自身の信念に依拠しています。
世の中のあらゆることを、過去の習慣やあやふやな印象に影響されずに、論理的に突き詰めて考えてみること。
それが、2時間を通して、繰り返し述べられた主張でした。
また、鈴木さんは、「木を見て森をみない」的な少数意見に影響を受け、本質を見失う現象が、多くありはしないかと考えているそうです。
例えば、昨年の紅白歌合戦でのDJオズマの着ぐるみに対する批判意見とそれにあっさりと屈したNHKの態度。
例えば、雑誌と食品を別のレジ袋に入れることを義務化しているスーパーマーケットのマニュアル。
いずれも、少数の意見に過度に反応して、冷静に本質を議論せずに対処しているのではないかと指摘します。
こういう態度が最も象徴的に現れたのが、太平洋戦争下で行われた特攻隊攻撃だったのではないかと、鈴木さんは考えているそうです。
鈴木さんは、小説取材のために、生存する特攻隊員への詳細なインタビューをした結果、彼らのほとんどが、特攻攻撃ほど非合理な作戦はないと分かっていながら、志願していったことに驚いたそうです。
作戦の立案者でさえもが、「特攻攻撃は作戦としては下の下だ」と認めていたとのこと。
でありながらも、絶望的な状況の中で、悲劇の上塗りをするように特攻隊攻撃にのめり込んでいかざるを得なかった日本の宿痾。
「おかしい」「何か変だ」と感じた時に、その疑問を論理的に追究し、糾し直す基本姿勢やそれを尊重する文化的風土を日本人が持っていたのならば、避けることができた悲劇だったのではないかと鈴木さんは主張します。
鈴木さんが5年の年月をかけて取り組んでいる新作『エッジ・シティー』は、物理・数学の世界を扱う、これまでにない、まったく新しいホラーを目指しているそうです。
ある日、いくつかの天体や人間が忽然と姿を消していく。同じ時期、数学者はランダムに続く無限数であるはずの「π」の値に突如規則性が発生したことに気づくことから恐怖ははじまる...というストーリーだそうです。
これだけでは、何のことやらわかりませんが、鈴木さんによれば
「宇宙の定理に組み込まれているはずのπの値が狂うということ。つまり宇宙の普遍の原理が狂ってしまうことに対する恐怖を描きだす」のだそうです。
そこには、プロトタイプのオカルトもスプラッターもありません。しかし万国共通の論理である物理・数学を題材にすることで、そして、その不変の論理が変わってしまうことで想起される恐怖を扱うことで、世界の共通の論理で書かれたホラー小説という新たなジャンルを描き出せると考えているそうです。
言い方を変えれば、共通の論理が如何に重要かを世の中に訴えかけるホラー小説とも言えるかもしれません。
近代日本の幕開けにあたって福澤諭吉が説いた「実学の精神」は、究理を貫く学問態度、いわば論理を突き詰めることの重要性をうたったものでした。
福澤諭吉は、幕末期の三度の欧米見聞の旅を経て、日本の精神性に根本的に欠けているのが「理」を究める価値観だと気づいたと言います。
鈴木さんは、世界20ヶ国で翻訳された『リング』の作者として各国の読者と交流してきました。そこで改めて認識したのが「世界共通の論理」を持つことの必要性だったのでしょう。
鈴木さんの『なぜ勉強するのか』という本は、鈴木版『学問のすすめ』でもあるようです。
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