KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

夕学レポート

2007年05月15日

未来を予測するということ 手嶋龍一さん

「インテリジェンスとは何か」
ひと言では説明することが難しいこの命題に答えるにあたって、手嶋さんは、まずは「インテリジェンス」と似て非なるものを例えにひいて、聴衆の感覚的な理解を促すことからはじめました。
競馬場には、「コーチ屋」なる職業の専門家がたむろしているのだそうです。
胸ポケットに万札の束を無造作にネジこみ、いかにもプロのギャンブラーといった風情で、素人さんに近づき、「きょうのメインレースは2-3だぜ」と囁いて去っていく。別の素人さんを見つけると、今度は「メインは2-5に間違いないよ」とアドバイスする。こうやって人によって異なる複数の予想を告げておいて、もしその中から当たり券が出ようものなら、当該人を見つけ出し、「俺の言った通りだろ。コーチ料をよこせ」と脅しをかけてお金をせしめるのが「コーチ屋」のお仕事なのだそうです。
コーチ屋は、誰に、なんと告げたのかを全て憶えていないといけないので、その意味では希有な才能を要するプロフェッショナルなのでしょうが、コーチ屋の予想とインテリジェンスとは、「これから起きるであろう未来を予測すること」においては似ていますが、根本的に異なるそうです。
つまり、インテリジェンスとは、コーチ屋のように、現実の結果が出たあとに、過去の事実から都合の良い部分だけを抜き出し、解釈して、したり顔で「俺の言った通りになった」と主張することでは断じてない。
インテリジェンスとは、現在起きている事実を丹念に拾い集めて、独自の分析を加え、これから起こりうる事態の方向性を予測することである。

ということです。
コーチ屋の類は、世の中にたくさんいるけれども、真のインテリジェンス・オフィサーは少ない。それほどに未来を予測するのは難しいことだ。
そんな前振りを面白おかしく紹介しながら、手嶋さんの話は本題に入っていきました。


昨年の春から秋にかけての日中関係の外交動向は、インテリジェンスのプロから見ると、実に興味深い数ヶ月だったそうです。
また同時にそれは、日本の大手メディアにインテリジェンス的能力が著しく欠如しているという事実を白日のもとに晒すことになったとのこと。
手嶋さんの解説は次のようなものでした。
・昨年春時点の日中関係は最悪であった。
・小泉首相は8月15日の靖国参拝を繰り返しほのめかし、「いったい何が悪いのか」と開き直りともとれる持論固執をみせて、中国の猛烈な反発を招いていた。「小泉政権下での日中関係改善は絶望的である」というのが衆目の一致した見解であった。
・しかし、絶望視されている最中の5月23日ドーハで開かれた日中外相会談は、日中関係が改善に向かうことを匂わせる画期的なものであった。
・この会談は、表向きは、中国が靖国問題を非難し、日本が「あれは不戦の誓いだ」という苦しい言い訳を繰り返す、不毛の会談のようにみえたが、裏では、麻生・李両外相の二人だけの英語会談が行われ、関係改善に向けた突っ込んだ会話があったに違いない。
・中国側が発表した文書を丹念に読み込むと、関係改善に向けた中国の明確な意識が読み取れた。
・5月初めまでの中国は対中投資の減少に危機感を抱いており、胡錦涛主席の一連の発言にも「わかる人にだけわかる」メッセージが組み込まれていたことからも裏付けが取れる。
・にもかかわらず、日本のメディアは、「成果のない不毛な会談」と伝えていた。
・この頃『サンデープロジェクト』に出演した手嶋さんは、田原さんの突然の振りもあって「安倍政権になれば、日中・日韓関係改善からスタートするだろう」と発言し、猛烈な反撃・非難を受けた。
・8月に行われた外務次官同士による日中総合政策対話は、上記の動きを受けて、その後の日中外交の枠組みを論じる激しい交渉になった。
・谷内正太郎外務次官は、関係改善への意欲を示しつつも、「靖国不参拝」約束をせまる中国に対して、一歩もひかずに拒絶し続けた。
・極秘裏の再会談の末、中国は谷内次官の真摯な姿勢を評価し「あなたという人間にかける」という一言を残して矛を収めた。この時その後の日中外交の枠組みが事実上決定した。
・この会談についても、日本のメディアは、ありきたりの報道しかできなかった。
『インテリジェンス 武器なき戦争』を読むと、インテリジェンスの80%は、公開情報を丹念に拾い集めることで収拾できるものだそうです。
インテリジェンスのプロである手嶋さんは、中国経済のマクロデータ、中国領事館の発表、胡錦涛発言、春に対談していた麻生外務大臣の口ぶりなどを精緻に分析し、「こういう方向に動くだろう」という根拠にある仮説を構築していたのでしょう。
結果として、安倍首相は就任後米国よりも先に韓国、中国を訪問するという思い切った行動をみせ、現在へと続く日中関係の流れを作り出しました。
(この予測は、昨年7月28日に田勢康広さんが夕学で話された内容とよく似ており興味をそそられました)
「別に自慢するわけではありませんが」と前置きをされましたが、上記の日中外交の読み方解説は、インテリジェンスのプロが、何をどう分析するのかを理解するケーススタディになったのではないでしょうか。
あのラスプーチンこと佐藤優氏は「日本のインテリジェントオフィサー養成スクールをつくるとしたら、校長は手嶋龍一しかいない」と断言しています。
手嶋さんが教授に就任された慶應の新しい大学院「システムデザイン・マネジメント研究科」では、どんな授業がなされるのか、大いに興味が湧きます。
その他にも、日朝関係についての洞察、東アジア情勢とりわけ日本の再軍備に対するアメリカのホンネなど、質疑応答で出てきた話題も興味が尽きず、もっと話しを聴きたかったという方も多かったと思います。
「どうしても質問をしたかった。司会はもっと上手く仕切れ」というお叱りを頂戴したようです。
是非、手嶋さんの続編を実現したいと思います。
最後に、手嶋さんのお話されたインテリジェンスの定義をご紹介しておきます。
「インテリジェンスとは、膨大な一般情報の中から、ある方向性を感じさせる原石を見つけ出し、真贋し、磨き上げて、明確な方向性を描き出して、舵取りを担う人間に提供すること」
われわれ実務家の仕事にも相通ずる名言だと思いました。

メルマガ
登録

メルマガ
登録