KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

夕学レポート

2007年06月06日

「すべてを否定しない生き方」 東儀秀樹さん

ポルシェを駆って丸ビルに到着した東儀秀樹さんは、いつものファッショナブルな装いで会場に現れました。
ヴィトンのアタッシュケースの中から取り出されたのは、鮮やかな緞子の袋達。大きめの袋には「笙」が、小さい袋には「龍笛」が入っていました。「篳篥」は蒔絵が描かれた黒漆の箱に収められていました。
好奇心丸出しでのぞき込んでいたところ、「触ってみますか?」と声を掛けてくれました。
「笙」を持たせていただきました。
両手で包み込める程度の大きさで、束ねられた竹管の根本は、金茶地の漆に螺鈿が施した筒状になっています。東儀家に代々伝わってきた貴重な「笙」のひとつかもしれないと思うと感慨もひとしおでした。


雅楽は、飛鳥・奈良時代に伝わったアジアのさまざまな音楽、舞踏と日本古来の音楽・踊りを基に、平安時代に宮廷音楽として完成された伝統ある音楽です。
音楽理論を持ち、オーケストレーションが整ったものとしては、世界最古の音楽なのだそうです。
東儀家は、1300年以上、家芸として雅楽を伝承してきた「楽家」と呼ばれる家柄ですが、東儀秀樹さんにとって、東儀家は母系の筋にあたり、ご本人はもちろん、商社マンであった父上や母上も、東儀さんが雅楽に道に進むとは想像していなかったというのが面白いところです。
青春時代はハードロックやジャズに夢中の日々を過ごした東儀さんは、高校卒業を前にして、大好きな音楽で生きる道を探す中で、自ずと雅楽を選択することになったそうです。1300年受け次がれてきた伝統の血が雅楽を選ばせたのかもしれません。
講演のテーマは、「すべてを否定しない生き方」でした。
「否定しない」というのは、「肯定する」こととは、似て非なるものだと東儀さんは言います。
「肯定する」というのは、同化する、一体化するというニュアンスがあるけれど、「否定しない」というのは、違いを認めたうえで、その違いを受け入れるという意味を込めています。
違和感を抱えつつも、それを拒絶、排斥せずに、丸ごと包み込んで自分のものとして受け止めることで、新しい何かを感じることができる。
東儀さんはそう考えています。
交通事故や病気で何度も生命の危機に遭遇した場面でも、その不幸や災難を受け入れたうえで、だからこそ感じること、できることはないだろうかと考えてきたそうです。
東儀さんは、雅楽の枠に止まらず、さまざまなジャンルの音楽とコラボレーションをしていますが、「ボーダー(境界)」という概念にも、ユニークなこだわりを持っています。
雅楽と他の音楽の「境界」をなくす「ボーダーレス」ではなく、「境界」をしっかりとわきまえたうえで、自由に境を行き来することが必要だと考えているからだそうです。
それは、音楽だけでなく、日本と世界、私と他者、人間と環境、全ての境界に普遍的にあてはまるものかもしれません。
こうした東儀さんの考え方、生き方は、雅楽の持つ独特の世界観と深いところで繋がっているのではないかと思いました。
東儀さんの著書によれば、雅楽は「完成された不安定さ」を持つ音楽だそうです。
プロでも音程合わせに苦労する程難しく、環境に左右されやすい雅楽の音色は、Aという音階からBという音階へ直線的に移行できません。
あたかも存在しない音階をなぞるように曲線を描いて音が移行していきます。
多くの楽器は、時代の変遷の中で、安定的な音階を求めて変化していきました。それに対して、雅楽は、意図的に放置された不安定さ、つまり完成型として不安定さ残したまま、1000年以上も伝承されてきました。
それが、雅楽独特のまろやかで優雅な音色を、いまに伝えてくれています。
東儀さんが披露してくれた雅楽器のひとつに「龍笛」がありました。
龍の鳴き声を象徴する音色だそうです。
1月31日の夕学で、作家の玄侑宗久さんが、「龍の背にのる」というお話をされました。
日本において「龍」は、よくわからないもの、不可思議なものを象徴する動物として崇められてきたそうです。
「龍の背にのる」というのは、よくわからないもの、不可思議なものを上手に乗りこなすことを意味し、それこそが、我々の失った「もうひとつの知」ではないかと玄侑さんはおっしゃいました。
「龍笛」は、天と地の間、空を、自由に泳ぐ「龍」を表現する音色だそうです。
天と地の間、まさに「境界」にあって、両方を自由に行き来する「龍」のイメージは、雅楽の本質をしっかりと掴み取ったうえで、何ものも否定せずに、自由に好奇心の翼を広げて飛んでいる東儀さんの姿と重なるように見えます。
雅楽の音色は、私たちが失ってしまった、「もうひとつの知」を蘇らせてくれるかもしれない。
はじめて、本物の雅楽に触れた夜に、そう思えた喜びを感じています。
PS
6月13日に東儀さんの新しいアルバム『 Out of Border』がでます。
http://www.universal-music.co.jp/classics/artist/hideki_togi/discography.html
それにちなんだ全国ツアーも始まるそうです。
東京は7月5日、6日 於)Bunkamuraオーチャードホール
http://www.togibao.jp/

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