夕学レポート
2007年12月10日
感情に酔う社会 香山リカさん
「今年は、こころの問題が社会的事件に組み込まれて語られることが多い年でした」
香山リカさんは、そんな前振りからはじめました。
松岡元農相の自殺、朝青龍の帰国騒動、安倍前首相の辞任、小沢民主党党首の辞意表明と撤回etc。
大きな社会的・政治的な事件とセットで、その当事者であるリーダー達が抱えた(悩んだ)こころの問題がスポットを浴びました。
この現象に対して、精神科医である香山さんは複雑な心境だと言います。
問題を引き起こした原因そのものではなく、結果として発生した精神状態の不安定さばかりがフォーカスされ、あたかもそれが本質であるかのような報道がなされていた。原因と結果の逆転現象が起きたと言わざるを得ない。
これはマスコミの問題だけではありません。
香山さんによれば、国際統計では、人口の14%(7人に1人)が、一生のうちにうつ病を体験するという報告も出されているそうです。
香山さんの医学生時代、うつ病の罹患率はせいぜい100人に数人程度だったことを思うと、この20数年の変化は驚くほどだとのこと。
ただし、この変化には、統計カウントの仕方が変わったという大きな理由があるそうです。
うつ病には、特段の原因無しに発生する内因性のうつ(香山さん曰く「降ってくるもの」)と明かな原因が存在する心因性のうつ、の2種類があるそうです。
かつては、前者のみがうつ病とされていましたが、最近は両者を一緒のものと広く捉える傾向が広まったのだそうです。
この理由としては、画期的な抗うつ剤が普及したことがあげられるそうです。
内因性であろうが心因性であろうが、何にでも効く薬が開発され広く使われるようになりました。
その影響を受けるかのように、米国では最新の診断基準が改正され、原因そのものではなく、不眠・早朝覚醒、意欲減退、集中力欠如などの症状が2週間以上つづく場合はうつ病と診断することが当たり前になったというのが現在の状況だそうです。
新型の「30代うつ」と呼ばれる症例が増えてきたのも現在の特徴だそうです。
従来のうつ病は
罹患すると何をするにもおっくうで、家に引きこもってしまう
自責の念が強く、何でも悲観的かつ自分を責めてしまう
といった特徴がありましたが、
新型の「30代うつ」は
職場ではうつ症状が強く出るが、趣味やスポーツは積極的に楽しむ
他責思考で、会社や上司を強烈に批判する
うつ病であることを積極的に受け入れ、広言する
といった特徴があります。
休職中に海外旅行に出かける。趣味を極めて全国大会で優勝する。
にもかかわらず、会社の話をした途端にうつ状態に戻ってしまう。
それが「30代うつ」です。
新型の「30代うつ」の登場は、臨床現場での混乱も引き起こしているそうです。
従来のうつ病は、むやみに励まさない。ゆっくりと休ませる。無理に復帰させないといった対処法が確立していましたが、「30代うつ」に対してそれを行うと「なんか違うな~」という違和感を、精神科医も感じてしまうのだそうです。
香山先生は、新型の「30代うつ」に対しては、信頼関係という前提を構築したうえで、一歩踏み込んだ強い対応をした方が回復は早いと感じています。
状況によっては、復帰の期待を明示して、背中を押してあげることもあってよいとのこと。
さて、香山さんは、上記のようなうつ病の変化の背景には、社会に「うつ気分」が蔓延していることも影響していると考えています。
大学のキャンパスには、「生きているのがつらい」「外に出たくない」「涙がとまらない」など憂うつを口にする学生が満ちています。
また「泣けること」「笑えること」ばかりを希求し、一方でささいなことで「むかつく」学生達が増えています。
情動性への過度の傾斜。社会全体が、感情に酔っている状態。
社会批評家としても活躍する香山さんならでは鋭い観察眼といえるでしょう。
さて、ではどうすればいいのでしょうか。
香山さんは、「もっと知性を!、思考を!」とおっしゃいました。
情動性の海は、我々にひと時のカタルシスを与えてくれるかもしれませんが、そこからは何かを変える力は生まれません。
自分をクールに観察し、じっくりと考える機会を大切にすること。
諸富先生のいう「孤独の効用」が必要なのかもしれません。
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