夕学レポート
2007年12月26日
感動を分かち合うために弾く 千住真理子さん
いつもヴァイオリンと共に在り、トイレに入る時も近くに置くという千住真理子さん。
夕学のステージにもヴァイオリンケースを持って登場し、演台の横に置いて話し始めました
「ひょっとしたら弾いてくれるのかしらん」
そんな聴衆の期待を受け流すかのように、ヴァイオリンとの出会いから講演ははじまりました。
千住さんは、音楽好きだったご祖父母の影響もあって、2才3ヶ月からヴァイオリンをはじめました。最初は三兄弟が音楽に親しむためののどかな練習だったそうです。
10才の時に、先生のすすめもあって大きなコンクールに挑戦することになりました。
お父様が作ったスケジュール管理用の円グラフや練習量記録用の折れ線グラフに助けられ、お母様が、台所で刻む包丁の音に合わせるようにして猛練習を積み、見る間に上達し周囲を驚かせたそうです。
その年のコンクールは惜しくも2位でしたが、翌年には見事に優勝し、一躍注目を浴びます。
12才の天才ヴァイオリニスト千住真理子の誕生です。
しかしそれは、想像を絶する厳しい日々だったそうです。
賞賛の陰で嫉妬やいじめを受け、学業との両立に悩み、次々と設定される高いハードルに苦しんだそうです。
天才ではなく、努力でここまで来たことを自分が一番よく知っているだけに、周囲から与えられる天才の呼称と現実のギャップに悩んだとのこと。
「音楽ってこんなにつらいもの?」
慶應女子高時代には、天才であり続けるための圧力に身体とこころが悲鳴をあげていたそうです。
人間を止めるか、ヴァイオリンをやめるか、究極の選択のうえ、20才の時にヴァイオリンをやめてしまいます。
「濁流に呑み込まれて、どんどん自分が流されていく感覚」
千住さんは、20才の挫折で味わった感覚をそう表現してくれました。
大学の講義を聴きながら、自分探しをしていた千住さんは、ふとした縁でボランティアを手伝うことになります。
ホスピス訪問で、末期患者の願いとして「最後に千住真理子に会いたい」という希望を知った千住さんは、その患者を見舞い、1年振りにヴァイオリンを手に取ったそうです。
まったく指が動かず、とても満足できる音色を出せませんでした。
「ありがとう。本当にありがとう」
患者さんは繰り返し感謝の言葉を口にしたそうです。
「こんな演奏に感謝の言葉をいただいて申し訳ない、悔しい」
千住さんは、その日から再びヴァイオリンの練習をはじめました。またボランティアにも積極的に関わるようになりました。
天才少女 千住真理子ではなく、人間 千住真理子を聴きたいと思ってくれている人が一人でもいるのなら、またヴァイオリンをやろう。
そう思いを決め、大学卒業と同時に二年ぶりの再デビューをしました。
二年間のブランクは思いのほか大きかったそうです。かつてのように無意識に指が動いているレベルにはなかなか戻りませんでした。
「もう戻れないかもしれない。かつてのようには弾けないかもしれない」
自分への自信がもてなくなり、自己開発本を読みあさったとのこと。
試行錯誤を重ねた7年目のあるステージ。全ての感覚が一瞬のうちに戻る劇的な瞬間が訪れました。
「ヴァイオリンの神様がようやく許してくれた」
そんな感覚に襲われたそうです。
それ以降は、人と感動を分かち合える音楽を届けたい。それを願い続けて今日まで来たそうです。
2002年ストラディバリウス「デュランティ」との出会いも運命的だったそうです。
「自分で望んだ訳ではないのに、向こうからやって来た」
千住さんはそんな言い方で出会いを表現されましたが、一度その音色を奏でた途端に魅了されたそうです。
「これは千住家で迎え入れるべき楽器だ」
「ストラディバリウスだからではなく、この音にその価値がある」
音楽家である千住明さんもそう薦め、莫大なローンを組んで手にすることにしたそうです。
講演の最後は、聴衆の期待に応えて「G線上のアリア」を奏でていただきました。
ホール一杯300人の受講生に向けた、1日遅れのクリスマスプレゼントでした。
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