夕学レポート
2008年11月06日
「攻めと守りで脳を鍛える」 築山節さん
築山節先生の「脳の働き」の話を聞きながら、3年前の夕学に来ていただいた千住博さん(日本画家)の「スランプ脱出法」を思い出しました。
「私は、芸大に9年間在籍し、自分の身についた朝早くから夜遅くまでアトリエにいるという癖が、今となっては幸いしているような気がします。とにかく何だかわからなくてもアトリエにいようということがやはり大事だからです。今も毎朝7時にはどんなことがあってもアトリエに入っています。これが25年間続いています。
描けても描けなくてもとにかくアトリエに入って、ニカワを溶き、筆を握って絵に向かってみる。描けないときは、外で何か他のことをやっていようとすると、描けない状態から脱することは難しいと思います。」
(千住博『絵を描く悦び』光文社新書より)
私が私淑する神戸大学の金井壽宏先生は、「モチベーションの持論」という考え方の中で、何かを成し遂げた人、とことんやり抜いた人が共通して持っている特徴に「自己調整」機能があると言っています。
「いつも元気でやる気に満ちた人なんていない。程度の違いはあれ、浮き沈みがあるはずだ。そうであるならば、落ち込んだ時にどうすれば元気になれるかを分かり、実践できる人が「モチベーション」が上手い人である」
千住博さんが、「アトリエにいること、筆を持ってみること」にこだわるのは、組織行動学的には「モチベーションの持論」の典型例になりますが、築山先生のお話を聞くと、脳科学的にも極めて理に適った行動であることがわかります。
築山先生によれば、「脳の働き」のひとつに、「状況依存性」があるとのこと。
脳は、本能的に感情に引きずられる傾向を持っています。つまり、樂なこと・やりたい事だけをやる。嫌なこと・やりたくない事はしなくなるという傾向です。
脳の構造を見てみると、反射や調節を司る「脳幹」を中心にして、情動行動を制御する「大脳辺縁系」がそれを包み込むようにあり、さらに最上位階層として、適応行動や創造的行為を促す「大脳新皮質」が位置する三層構造になっています。
脳は、ほうっておくと下層機能の本能や情意行動が前面に出てきて、より動物的で、幼児性が強くなります。
「やる気が起きない」というのは、「大脳辺縁系」に依存し、情動行動に支配されている状態です。
千住さんの例で言えば、「アトリエにいること、筆を持ってみる」という行為を意識的に行う事で、「大脳新皮質」が機能し、情意を抑制する働きを持つわけです。
しかも、「アトリエにいること、筆を持ってみる」という小さな行為から始めることで、徐々に「作業興奮」が起き、「大脳辺縁系」が活性化して「やる気」が醸成されてくることが脳科学的に分かっているとのこと。
つまり、生活習慣の中に、ささいな意識やこだわりを持つことが、「脳の働き」を高める、もっとも効果的な方法になるということです。
実は、控室では、同様な、「生活習慣の中に埋め込む脳トレ法」をいくつか紹介していただきました。
ひとつは、「オウム返しトレーニング」
上司から仕事の指示を受けたとき、顧客から要望を聞いたとき、「それはこういうことですね」と声に出して反復してみることです。
しゃべることは、自分の声を聞くことに繋がり、ひいては他者の言葉や内容を「論理」と「情動」の両方で理解する「同時性」という脳機能が鍛えられます。
もうひとつは、「日記」を書く習慣です。
日記というのは、断片化された情報をまとまり毎に括り直し、再整理して意味づけるという行為を繰り返すことです。「概念化」という脳機能の強化につながります。
とはいえ、一番大事なのは、脳も生身だということを理解することだそうです。
疲れたら休む。この大原則を守ることが重要です。
楽しい時、夢中になっている時は疲労感を感じないものですが、そんな時こそ要注意。
脳の「状況依存性」が働いて、過熱した「大脳辺縁系」に引っ張られ過ぎている可能性があります。
休む、休憩する、眠ることを自分に意識的に義務づけることで、「大脳新皮質」を刺激し、行き過ぎを抑えることが必要です。
脳機能は筋肉と同じで、使わないと容易に低下します。使い過ぎると炎症を起こします。
攻めの生活と守りの生活をバランスさせ、元気に鍛えることが一番。
脳外科医らしく、それを強調された築山先生の講演でした。
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