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夕学レポート

2008年11月11日

国分 良成 「世界の中の中国、中国の中の世界」

国分良成 慶應義塾大学法学部長・教授 >>講師紹介
講演日時:2008年10月27日(月) PM6:30-PM8:30

国分氏は、日本にとって中国は、「近くて遠い存在」から、今や食品問題等を見ても「近くて近い存在」になっているといいます。ところが、日本人の中国に対する感情は以前よりも悪化しているのだそうです。日中平和友好条約が締結された30年ほど前、日本人のおよそ8割が中国を好きな国に挙げました。しかし、現在は、逆に中国を信頼できないという日本人が8割近くもいるのです。つまり心理的にはまだ遠いのです。
中国に対する感情が悪化したことには、毒入り餃子事件など、近年、中国国内においても深刻な問題になっている食問題をはじめ、中国に絡んだ様々な問題が立て続けに起きたことが背景にあります。以前は、中国とほとんど接触がなく、私たちが関心を持つことと言えばパンダやシルクロードくらい。日常生活とかけ離れた交流で、大きな影響を被ることが少なかったからこそ、中国に対する良いイメージが形成・維持されていたということです。


一方、中国の日本に対する好意度や信頼度はこのところ急速に高まっています。これは、胡錦濤国家主席率いる現政権の対日融和政策によるものです。四川大地震が発生した際、中国は真っ先に日本の緊急救助隊を受け入れました。がれきから掘り出した子供の遺体に救助隊が黙祷を捧げる写真は、中国のメディアで大きく取り上げられ、中国人の日本に対する好意的なイメージを作り出すことに成功しました。
国分氏としては、現在、様々な問題を抱える日中関係とは言え、以前と比べたら「よくここまできた」と喜んでいるそうです。接触が増えれば、摩擦が大きくなるのも当然のことです。そもそも、外交とは、摩擦を小さくする、あるいは、摩擦が起きないように種まき作業、仕掛けを考え国際関係を築くことです。国分氏自身、年間4000人に及ぶ日中間の青少年交流に力を注いでいますし、日中双方の若者が留学生として交流することで今後の日中外交の進展に結びつくと期待をかけています。
中国の経済・政治は多くの問題をはらんでいますが、前述したように協調融和策が進められる日中関係を始めとして、外交面では、中国政府がしたたかな交渉力を発揮しています。例えば、中国がいまだ強硬な姿勢を崩していない台湾問題では、2000年に台湾(中華民国)総統に就任した民主進歩党の陳水扁氏が独立路線を強行に進めようとし、中国も苛立ちを募らせたそうです。しかし、1996年に、李登輝氏が初めての直接選挙で大統領に選ばれた際、軍事演習と称してミサイル発射実験を行い、世界的な非難を浴びた二の舞を避けるため、中国は裏で米国に接触しました。
つまり、中国は、「このままでは戦争になりかねない」と米国に揺さぶりをかけたのです。当時、米国はイラク問題の真っ最中、アフガン問題も尾を引いており、中台間の紛争に関与する余裕はありません。そこで、米国は台湾へ強く働きかけ独立への動きを封じ込めようとしました。台湾では今年(2008年)、中国国民党の馬英九氏が政権を奪回、台湾独立については保守的な考え方を持つ馬氏の就任により中台関係は落ち着きを見せています。
また、チベット問題でも、北京オリンピック直前に独立運動が盛んになった際、中国政府の弾圧が世界の批判を浴びました。そこで、中国は、米国債や米国製品を大量に購入して米国経済を支えていることを盾に、ブッシュ大統領が北京オリンピックに訪問することをいわばバーターにしたのです。米国さえ味方につければ、チベット問題は拡大せず北京オリンピックが困難に追い込まれることはないという判断が中国政府にはあったわけです。
さて、中国は「私有財産」を完全には認めていないという点で、今もまだ社会主義体制を維持しているといえます。中国が「市場経済」へと舵を切ったのは、旧ソ連崩壊後の1992年でした。以来、現在にいたるまでのわずか16年で中国は急成長を遂げました。従来の社会主義体制でできあがっていたものを急いで壊して作り直すプロセスは、「基礎」がないまま進められたため、国内外に様々なひずみを生み出しています。
国分氏によれば、現在の中国経済における最も大きな問題の一つは、国家財政の基盤が脆弱であり、「所得の再分配」が機能していないことです。中国の国家税収に占める個人の所得税の割合は、現在わずか7%に過ぎません。つまり、税収のほとんどは収益を上げている企業からのもので、個人は税金をほとんど払っていないのが現状です。相続税もなく、累進課税も実質機能していないのだそうです。このため、個人の所得格差が拡大しつつあるのです。ただ、だからといって、国が一括して冨を吸い上げ、再分配を図る社会主義国家に戻ることはできませんし、社会主義の過去の失敗に対しての怨念があり、もはや国民が国(政府)を信じていない今、中国は資本主義経済化を進めるしかないのだそうです。
中国の政治体制は、前任者が後任者を指名するという慣行があるため、現行体制が維持されやすい仕組みになっているといいます。中国では特に人と人とのネットワークが、あらゆる面において重要な役割を果たしますが、政府幹部が休暇で訪れる保養地には、幹部の子供たちが同行したり、日常的に彼らの間の相互扶助もあるので、小さいうちから幹部の子弟同士の強固なネットワークが形成されます。こうして、「権力」も「金」も持つ人々が相互の関係をさらに強めていくため、権威主義的な体制が今後も続く見込みだということです。
こうして、国分氏は一つ一つの事象をつなぎながら、世界における中国の位置づけ、また中国における世界との関わり方の方向性から国際関係についてもわかりやすく解説してくれました。中国への理解が深まった講義でした。

主要著書
現代中国の政治と官僚制』慶應義塾大学出版会、2004年 ※2004年度サントリー学芸賞受賞
中華人民共和国』筑摩書房(ちくま新書)、1999年
アジア時代の検証 中国の視点から』朝日新聞出版(朝日選書)、1996年 ※1997年度アジア・太平洋賞特別賞受賞
『中国政治と民主化-改革・開放政策の実証分析』サイマル出版会、1992年

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