KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

夕学レポート

2008年12月05日

「楽しむ者に如かず」 小山龍介さん

夕学開講前、控室で小山さんと「大局観」と「直観力」の話をしておりました。
先日の羽生さんの講演を話題にしたのがきっかけだったのですが、いつしか松岡正剛さんの話題へと発展し、「直観力を鍛えるにはどうしたらよいか」という話になりました。
小山さんは、松岡さんが主宰するISIS編集学校で師範代を務めていることもあり、小山さんなりの松岡論解釈を持っていいます。
「大局観を持つことが直観力を鍛えることにつながる」
それが、松岡さんの考え方ではないか。小山さんはそう話されました。
経験の蓄積が直観力を鍛えるのではなく、もっと大きな枠組み、例えば大局観とかワールドモデルと呼ばれるフレームを現象にはめ込んでみると創発的に浮かび上がってくるものが「直観」ではないかということです。
きょうの講演を聞かれた方はよくお分かりかと思いますが、小山さんにとって、ライフハックを思いつく瞬間こそ「直観力」の発揮です。そしてライフハックを産み出すエネルギーは、ライフハックがなぜ必要なのか、自分はなぜライフハックの提唱者を目指しているのかと「大局観」から注ぎ込まれています。
ライフハックは技術論ではなく、生きるうえでの哲学として考えたい。
そんな小山さんの思いをお話された2時間でした。


ハック(hack)という言葉を辞書で引くと、【切り開きながら進む】【(プログラムを)巧妙に改変する[して楽しむ]】といった意味があります。
小山さんによれば、例えばキャンプで椅子がない時に、丸太を切り出して代用するように、少々荒っぽいけれど、現実の問題解決には有効な方法、ちょっとしたコツのことを意味するそうです。
もっと具体的に知りたい方は、日経オンラインの連載中の「小山龍介 快適!ライフハック」という記事をご覧下さい。毎週ひとつ、小山さんがみつけた新しいハックが紹介されているようです。(12/8号には早速今回の夕学にネタが載っていました)
ただ、小山さんの問題意識は、個々のハックの個別有用性を議論することにあるのではなく、日々の仕事・生活の中でハックを産み出す姿勢や考え方にあります。
ハックをどのような文脈の位置づけるかという「大局観」です。
例えば小山さんは、「ハックは未来予測のためにある」といいます。
あらゆる情報が自己増殖し、制御不能状態に陥っている現代。膨大な観測データが蓄積されながら、いまだに明日の天気さえ正確に予想することが出来ないでいます。
そこで求められるのは、風の向きや潮の匂い、雲の動きで天気を読む「漁師の知恵」のような能力です。
自分なりのハックを創造するという行為は、自分の明日の状況や直面する問題を予測する行為に他ならないという考え方です。
また、「ハックは暗黙知の表出行為である」とも言います。
数十年振りにあった友人の顔を瞬時に識別できるのは、人間の脳だけが持つ特殊能力です。池谷祐二さんの言葉を借りれば「脳のあいまい性」と呼ばれる能力です。
つまり人間は言語化できること、アルゴリズムで記述することができること以上に多くのことを知っています。
小山さんは「近位項」と「遠位項」と言う言葉を使われましたが、人間は目の前の現象に立ち向かう時、実ははるか遠くにある本質を想像しているわけです。
自分なりのハックを創造するという行為は、「近位項」の現象と「遠位項」の本質に見えない橋をかけることであると小山さんは考えています。
いずれも、ライフハックがなぜ必要なのか、自分はなぜライフハックの提唱者を目指しているのかを突き詰めて考え抜いてきた小山さんらしい「大局観」ではないでしょうか。
ハックの伝道者として、忙しい日々を送る小山さん、そもそもハックに興味を持ったきっかけは、「もっと楽しく仕事をしてもいいのではないか」という問題意識だったと言います。
頭で憶えたことはすぐに忘れてしまうけれども、涙を流すほど感動したことは絶対に忘れることはない。感情ドリブンのワークスタイルこそが人間の活力につながる。そんな信念があるようです。
「知之者不如好之者」 これを知るものは、これを好む者に如かず
「好之者不如樂之者」 これを好むものは、これを楽しむ者に如かず  

今回も「論語」の一文を思い出しながら講演を聞いておりました(最近凝っているのもので...)

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