夕学レポート
2009年01月22日
「風のように吹いてくる」 中谷健太郎さん
「リゾート運営の達人」をビジョンに掲げ、経営破綻に陥った全国の老舗旅館・リゾートの再生事業を手がけている星野佳路さんによれば、地方の観光地の人々に「この地の魅力は何ですか」と問いかけると、必ずといってよいほど同じ答えが返ってくるそうです。
「温泉が湧いている」「魚が旨い」「緑があって空気が美味しい」
激安旅行のチラシ上に踊っているキャッチコピーそのままです。
温泉も、旨い魚も、新鮮な空気も、確かに魅力であることに違いはありませんし、答える人々は故郷に誇りを持ち、なんとか活性化しようという危機感を持っているのでしょうが、魅力を問われて、誰もが思いつくステレオタイプの表現しか出てこないところに、地方観光地が衰退していくひとつの理由があるのかもしれません。
衰退著しい地方温泉街にあって、由布院は数少ない成功モデルとして語られてきました。
ドイツのバーデン・バーデンに範を取り、「滞在型リゾート」というコンセプトをいち早く打ち立てて、街ぐるみの魅力づくりを進めてきました。
のどかな田園地帯を辻馬車が走り、当代一流の演奏家やアーティストが集う音楽祭、映画祭、演劇などが盛んに開催され、地方にいながら本物のアートや文化を楽しむことが出来ます。日本中から宿泊客が訪れると言います。しかも二度三度と。
由布院活性化のキーマンが、高級旅館として名を馳せる亀の井別荘のご主人 中谷健太郎さんであると言われてきました。
大学卒業に東宝撮影所に入り、映画監督を目指していたという略歴。
磯崎新氏、水戸岡鋭治氏ら日本を代表する芸術家達をシンパに抱える人脈力。
市町村合併に反対し、行政にはっきりとモノ申す硬骨漢ぶり。
お会いするまでは、エネルギッシュなリーダー像をイメージしておりました。
実際の中谷さんは、飄々として、ほどよく力が抜けた脱力系の方でした。詰め襟のお洒落なジャケット羽織り、中世ヨーロッパの吟遊詩人を思わせるようないでたちです。木訥とした語りの中に、ポロっと溢れる和歌や詩の一節に、深い教養を感じさせてくれます。
「きっと、ガンジーはこういう感じの人だったのだろうなぁ」と勝手に想像しておりましたが、ひと言で言い表せない不思議な魅力を醸し出す方です。人を惹きつける磁力を感じます。
講演では、由布院の昔といまの風景やそこで生きる人々の日常、亀の井別荘の厨房などを紹介する写真をバックに、こころに思い浮かぶ事柄を、語りかけるようにお話いただきました。
由布院には万葉集にも謳われた日本の原風景があります。
由布岳の麓に広がる小さな盆地に営まれる典型的な「むら」の風景と暮らしというインフラに何を載せるのか。どうすれば調和できるか。何を残し、何を変えていくか。中谷さんは、40年余り、それをひたすら考えてきたのではないでしょうか。
音楽も、美術も、馬車も、一流シェフの料理も、「なんで由布院で...」という極めて真っ当な反対意見との戦いを越えて実現させてきたとのこと。
文化というものは、その地に固定して育つのではなく漂うもの、訪れるもの、風のように吹いてくるもの。由布院に文化を引き寄せる磁場を作れば、文化が新たな磁力を発揮して人を呼ぶ。
中谷さんの話を聞くと、由布院はそんなところではないのかという気がしました。
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