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夕学レポート

2009年05月12日

実践知としての「五味理論」 五味一男さん

意図したわけではありませんでしたが、前回の「ブルーオーシャン戦略」と今回の「五味理論」は、よく似た考え方のアプローチを取っています。
両者の共通点には、
・大ヒット商品の開発や巨大市場の創造など、マスを狙うことにこだわる点
・商品・サービスの斬新性や技術イノベーションにはこだわらない点
・再現性を強調する点
の3点があげられます。
いずれも、多様で成熟化した社会では難しい(得策ではない)とされる点にあえて挑戦しているところに新奇性を感じるのかもしれません。
ただ、両者には大きな違いがあります。
「ブルーオーシャン戦略」が、欧州を代表するビジネススクール インシアードの教授であるW・チャン・キムが体系化したアカデミック理論「理論知」であるのに対して、「五味理論」は、五味一男さんが、テレビ番組の制作と実践現場の中で紡ぎ出した「実践知」である点です。


「理論知」は、論理的に組み立てられた、スマートな知のあり方です。
「実践知」は、ひと言でいえば、ゴツゴツとして人間味に溢れた知と言えるでしょう。
どちらが優れているかを比較することは、まったく意味がありませんが、「実践知」には、本質を他者に伝えにくいという大きな難点があります。
実践から生まれた「知」は、徒弟制度に見られるように、空気感とともに伝播されていくもので、言葉や文章で伝達しようとすると「魂が入らない」事態に陥ってしまいがちです。
そんな言い訳はさておき、あえて、私なりの解釈も含めて、「五味理論」の解説を試みてみましょう。
「自分がやりたいことを優先させるのではなく、人々が潜在的かつ普遍的に求めているものを、彼らの代弁者となり、見つけ出し提供する」
これが五味理論の定義になります。
・セグメント化された特定の対象ではなく、あくまでもマジョリティーを形成する大衆から視線をはずさない。
・大衆の代弁者になることは、大衆の「ため」を考える傲慢な姿勢ではなく、大衆の「立場」に成り切ることが重要である。
・そのためには、クリエイター根性(自分の思いを形にする事にこだわる)を捨て去らねばならない。テレビ人にはこれが決定的に出来ない。
・大衆の普遍的な感性をイメージするには、人間の本能に目指した欲求を虚心坦懐に見つめることである。
・奇をてらうことでも、常識を疑うことでもない。大衆が欲するものは常識の中にこそある。ただし誰もが思いつきそうなことではない。見えないものを見ないとダメ。
・結果として生まれるコンセプトは「ありそうでなかった」ものになる。
・「自分の中に大衆を住まわせる」ためには日常の生活の中での、補助輪的なトレーニングが重要になる。何が売れているのか・流行っているのか、表層ではなく、その裏にある大衆のこころを読む癖をつけることだ。
う~ん。やはり書くだけでは伝わりませんね。ムズカシイ!!
五味さんが手がけたヒット作に『24時間テレビ』があります。欽ちゃんをパーソナリティにしたチャリティ番組として続いてきた同番組に、マラソンを軸にしたチャレンジ応援という形を組み込んだのが五味さんだそうです。
マラソンに新奇性があったわけではありません。「困難に立ち向かい、懸命に頑張っている姿を応援したい」という大衆が持つ素朴な人間愛に真正面から応える方法としてマラソンが一番フィットしたということでしょう。
何をやるか(What)、どうやるか(How to)ではなく、それが大衆のどのようなニーズを満たすことが出来るのか、ブルーオーシャン戦略の言葉を借りれば、ユーティリティーは何かを見極めること。それが五味理論の真骨頂ではないでしょうか。
最年少役員としてテレビマンの頂点を極めた五味さんですが、いまも制作の最高責任者として多くの番組に関わり続けているそうです。
『エンタの神様』では、出演タレントの決定は、今なお五味さんの専権事項だそうです。
皮肉なことに、五味理論はテレビ人には受け入れられないとのこと。クリエイティブ志向が強い人が集まるマスコミでは、クリエイティブ志向を否定する五味理論は、自己のレゾンデートルを傷つける鋭いナイフなのかもしれません。
ご自身の提唱する思想が、自らの業界では受け入れられない。
受け入れられないからこそ、業界におけるご自身の希少性が増し、価値があがる。
なんとも皮肉なパラドックスではあります。

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