夕学レポート
2009年06月02日
シュリーマンの精神を継いで 原丈人さん
原丈人さんは、大学卒業後、マヤやアステカなど中央アメリカの考古学研究を志して海を渡りました。慶應の法学部出身者が考古学に関心を持つという時点で、常人ではない好奇心を感じますが、その後のキャリアも破天荒です。
巨額の費用を要する考古学研究・発掘の経費を稼ぎ出すことを目的に、スタンフォードのMBAや工学大学院で学び、ITベンチャーの世界に飛び込んだと言います。
大きな目的のために、技術開発や経営効率の成果を活用する。
わずか10年の間に起業家・ベンチャーキャピタリストとして大成功し、シリコンバレーの名だたるIT企業の生みの親になったサクセス・ストーリーの原点には、このスピリットがありました。そしてこの精神は、いまの原さんのモチベーションドリブンでもあります。
いまや、ソーシャルビジネス・インキュベーターとでも呼んだ方がいいかもしれない、スケールの大きな活動をされている原丈人さんの現在の問題意識は三つあるようです。
1)ポストコンピューターの基幹産業の創生
ITベンチャーが最盛期を迎えつつあった90年代半ばの時点で、2015年~20年には、コンピューター中心のITビジネスは終焉することを見越していたとのこと。かといって、昨年まで世界を席捲した「金融」ではなく、あくまでもリアルな技術を核とする製造業であり、コンピューターを使わずにインターネットを活用する基幹産業が主役になる。そう見込んで10年以上、投資を続けてきたそうです。
2)貧困・教育・環境など後進国の問題を解決するビジネスの育成
国の税金やボランティアの献身だけに頼らずに、民間の力で社会的問題解決を行い、尚かつそれが儲かる事業として持続できることを目指すことです。
3)上記の二つを統合する社会思想 「公益資本主義」の構築と啓蒙
富の再分配の仕組みが公平で、短期的な利益追究ではなく持続的な事業経営を大切にし、改善改良を行いながら進化していく企業が儲かる社会を実現することです。
原さんが話された米国経営批判については、あえて省略いたします。この半年間十二分に聞かされてきた金融資本主義批判、株主中心主義批判とほぼ同じ論理でした。
ただ、原さんの場合、この1年~2年で言い出したのではなく、何年も前からそれを指摘してきた先見性に真骨頂があります。
講演でも紹介された読売新聞の記事は2003年3月の投稿です。金融立国論が取り沙汰され、株主重視経営が論点になりはじめた6年前に、すでに「それは必ず破綻する」と読み切っていたのには驚かされます。
さて、原さんが具体的な活動例としてお話されたのが、「bracNetプロジェクト」です。次世代技術を活用した民間によるバングラディッシュの途上国支援を事業として成り立たせようというこのプロジェクトは、「公益資本主義」を具現化した事例として、原さん自らが出資して展開されています。
詳細はこちらのサイトをご覧下さい。
あのトヨタでさえ、赤字に陥った今回の経済危機にあって、bracNet社は、08年10月~12月の四半期に黒字化に成功したと言います。
貧困による教育や情報格差といった社会問題を解決しながら、投資に見合う収益をあげ、NGOとアライアンスを組むことで、無課税で富を社会インフラ投資に還元することもできるソーシャルベンチャーです。
また、こういったソーシャルな活動に志のある若者を誘うために、国連と組んだインターンシップにも取り組んでいるとのこと。きょうの講演後にも東大の物理学を専攻する学生さんが、「原さんの下で働きたい」と直談判に及んでおりました。
さらには、「公益資本主義」をスローガンや精神論で終わらせないために、新古典派経済学者を論破できる理論体系の構築を目指した研究部門を起ち上げ、ハーバード大出身の俊英を集めて本格的な理論構築を始めたといいますから、やることが徹底しています。
原さんがあこがれたというシュリーマンは、ギリシャ神話に出てくる伝説の都市トロイが実在することを発掘によって証明しました。原さんと同じように発掘に必要な資金を得るために貿易事業や講演旅行に奔走したと言われています。
面白いのは、当時でも、トロイの遺跡は荒唐無稽の夢物語だとは思われていなかったということです。
「出来れば(見つかれば)素晴らしいが、あまりに困難で誰もやる人がいない」
それがトロイでした。
原さんが、中央アメリカの遺跡に替えて掘り出そうとしている「公益資本主義」という宝物は、現代のトロイなのかもしれません。
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