夕学レポート
2009年07月07日
何のための「No」かを忘れないこと 森田汐生さん
アサーティブネス(Assertiveness)は「自己主張する」ことと訳されます。
日本語の「自己主張」という言葉は、エゴや自分勝手といったマイナスの文脈で語られることもあり、奥ゆかしさを旨とする日本人には、必ずしも良いイメージのある言葉ではありません。
しかし、アサーティブネスであることは、自分の意見を押し通すこととは異なり、むしろ相手との建設的で継続的な関係づくりを前提とします。
相手の権利や感情を損なうことなく、自分の要求や言いたいことを、誠実に、率直に、上手に伝えること。それがアサーティブネスだそうです。
アサーティブネスは、「アサーション」と呼ばれることもあります。個人的には、20年近く前に、「アサーション」という概念を耳にしておりました。
控室で森田さんにお聞きした話をもとに、少し調べてみると、アサーティブネス・アサーションの歴史は下記のようになるようです。
アサーションは、1950代の米国で、対人関係が苦手な人への心理療法である行動療法のひとつとして生まれたと言われています。閉ざされたカウンセリングの場で、悩みを抱えた人の治療法でした。
60年代の米国西海岸では、公民権運動に代表される人種差別や人権拡張を唱える運動が盛んでしたが、アサーションは、マイノリティが、相手と敵対関係にならずに、自己主張をするためのコミュニケーションスキルとして広く普及したという背景があります。
日本には、米国でアサーションを学んだ臨床心理学者の平木典子先生が紹介し、日本の風土に合ったアサーショントレーニングとして普及してきました。
同じ頃に、やはり米国でアサーションを学んだ英国人アン・ディクソン氏が、英国においてアサーティブネスとして普及と啓蒙を始めました。
名称を変えたのは、心理療法として生まれたアサーションを、もっと社会に開かれた一般的なコミュニケーションスキルにしたいという意図があったのではないかと森田さんはおっしゃいました。
80年代の英国は、英国病といわれた長期衰退現象をサッチャー改革による荒療治で立て直そうという時期でもありました。鉄道、水道、航空会社などを次々と民営化し、市場のダイナミズムを取り入れて国家に活力を注入しようというものでした。大変革期には、残念柄そこから振り落とされる人々が存在することが避けられず、社会的な軋轢・摩擦が発生します。アン・ディクソン氏が、当時の英国にアサーティブネスが必要だと考えた理由もよくわかるような気がします。
年末年始の日比谷派遣村の象徴されるように、現在の日本で起きている問題は、当時の英国とよく似ています。60年代の米国、80年代の英国と同様に現在の日本も、アサーティブネスを必要としているという背景があるのでしょう。
アン・ディクソン氏に師事をしてアサーティブネストレーニングを積んだ森田汐生さんが代表を務めるアサーティブネスジャパンには、学校、自治体、病院から企業まで、幅広い団体から問い合わせがあるとのことです。
さて、森田さんの講義ですが、アサーティブネスひと筋に20年近くのキャリアを感じさせる熟練の進め方でした。
聴衆の意見や反応をきちんと受け止めつつ、伝えるべきことを上手に伝える技術を感じさせてくれました。
アサーティブネスの本質は、コミュニケーションは、1)伝えるべき内容と、2)伝え方、3)相手と向き合う姿勢の三つからなるとのこと。
1)は紙面で再現することは可能であるとしても2)、3)を文字で伝えようとすると隔靴掻痒のストレスが生じてきそうですので割愛しますが、「上手にNoを伝える」というきょうの主題に集約されると理解しました。
森田さんは、アサーティブネスな「No」があるということをお話になりました。
言い換えれば、私達が日頃実践している「No」の伝え方の多くが、アサーティブネスではないということかもしれません。
・拒絶のための「No」ではなく、主張するための「No」
・敵対するための「No」ではなく、協調するための「No」
・逃げるための「No」ではなく、相互理解を深めるための「No」
・爆発する「No」ではなく、冷静な「No」
・断絶につながる「No」ではなく、継続するための「No」
根本理念をしっかりと押さえて、あとは実践で使いながら習熟することです。上手くやろうとするよりは、何のための「No」なのかを忘れないことが肝要だと思いました。
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