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夕学レポート

2009年07月30日

「神秘」を「理論」に転換する 佐藤勝彦さん

宇宙に関連する今年最大の話題は、先週の「皆既日食」でしょう。
アジアを中心に、おそらく何億人という人々が、空を見上げ、真昼の太陽が陰っていく光景を見つめていたのではないでしょうか。
有史以来、人類は「皆既日食」に何度遭遇してきたのかは知りませんが、中国やメソポタミアでは、2500年以上前の記録に、その不可思議な現象が記されているといいます。
日本では、記紀にある「天岩戸隠れ神話」が、古代人の「皆既日食」体験をモチーフにしているのではないかと推定されていることはご承知の通りです。
古今東西、宇宙の営みは、壮大なる神の力を感じさせる「神秘」の対象とされてきました。
佐藤先生のお話を聞くと、近代の宇宙論研究は、宇宙創生という「神秘」を科学の英知を使って解き明かし、「理論」に転換していく長い道のりであったことがよくわかりました。
近代宇宙論は、100年前、アインシュタインからはじまったと言います。
時間・空間と物質・エネルギーの関係性を方程式化した「相対性理論」の登場によって、「そもそも宇宙とはいったい何なのか」を科学的に研究することが可能になりました。
当時、アインシュタインは、宇宙は永遠不変の静的な存在であると信じていました。


アインシュタインの静止宇宙モデルの発表から10余年。米国の天文学者ハッブルは、宇宙が膨張していることを発見しました。アインシュタインは、ハッブルの天文台でそれを確かめて、自らの誤りを認めたといいます。
「膨張宇宙論」は、宇宙が、過去のある一点から始まる誕生の瞬間があることを示唆し、それは「ビッグバン宇宙論」として定着していきました。
しかし、ビッグバンモデルには、「なぜ、爆発が起きるのか」という宇宙の起源を説明する理論がありませんでした。
1980年代、ようやくビッグバンモデルの欠点が解決される理論が生まれました。
「力の統一理論」と呼ばれるものです。人類がサルから枝分かれして進化したように、自然界に存在するいくつかの力(重力や電磁力など)も、元をたどればひとつの力であり、進化の過程で分岐していったのではないかというものです。
力が枝分かれする際に起きる現象は「真空の相転移」と呼ばれました。
温度が零度になると、水が氷に転移するように、対称状態にあって均衡しているものが、変わることを「相転移」と言うそうです。
真空状態には、実は大きなエネルギーが充満しており、対称状態が破れることで、相転移が起こり、巨大な膨張エネルギーに転換する。それがビッグバンである。
膨張は加速度的に進行し、宇宙は急激なインフレーションを起こしながら膨らんでいく。それを「インフレーション理論」と呼ぶ。
「インフレーション理論」によれば、宇宙の創生は137億年前と推定できる。
「力の統一理論」「真空の相転移」「インフレーション理論」と続く一連の理論展開を支えたのは、昨年ノーベル物理学賞を受賞した南部陽一郎さんの理論だったそうです。
「真空の自発的対称の破れ」と呼ばれる彼の受賞対象研究は、宇宙ビッグバンがなぜ起こり、どうして宇宙は膨張を続けているのかを理論的に説明する、極めて重要な役割を果たしたそうです。
「インフレーション理論」は、宇宙の加速度のペースが一様ではないことも示しており、宇宙の中には無数の小さな宇宙が内在しているという帰結を導き出しました。
ドラえもんの「どこでもドア」の如くに、宇宙のどこかにある扉を開けると、そこに別の宇宙が広がっているのでしょうか。「どこでもドア」と違うのは、宇宙にドラえもんはいないので、違う宇宙と自由に行き来することは、絶対に出来ない。ゆえに目で確かめることは出来ないということだそうです。
それまで、あくまでも理論の世界であった宇宙創生のメカニズムを人間の目で観測できる時代が20世紀の末に到来しました。
1992年に米国の天文衛星COBEが、2003年NASAのWMAP衛星が、宇宙のマイクロ波電波を観測することで、137億年前の宇宙の姿を観測することに成功しました。
膨張を続ける宇宙の一番先には、宇宙開闢の瞬間の状態をそのまま残した宇宙が広がっています。人間の科学技術は、その状態がどのようなものであるかを確認できるようになったわけです。
その結果、「インフレーション理論」はほぼ裏付けられ、アインシュタイン以降100年かけて、追いかけてきた宇宙創生のメカニズムは、理論的にも、観測でも実証されたのです。
ところが、宇宙の成り立ちがわかったことで、新たな謎も生まれてきました。
その代表が、「暗黒物質、暗黒エネルギー」と呼ばれるものです。
宇宙を構成する主要な物質のうち、実に96%が正体不明であることがわかってきたのです。
新たな謎の解明に向かって、動き出している21世紀の宇宙論。
はたして、第二のアインシュタイン、第二の南部陽一郎は誰なのか。まだ見ぬ彼らは、どんな理論や方法で、宇宙の謎に立ち向かっていくのか。
科学の力を使って、「神秘」を「理論」の転換する人類の知の営みは、まだまだ続いていきます。

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