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山極寿一「暴力はなぜ生まれてきたのか~人間性の起源~」

2009年08月11日

山極 寿一
京都大学大学院理学研究科 教授
講演日時:2009年6月11日(木)

山極 寿一

山極氏は、約30年にわたり霊長類、なかでも特にゴリラについての研究をされています。
講演では、ゴリラの話を皮切りに、「暴力」から派生して、「食」、「性」といったテーマについても実に興味深いお話をされましたが、レポートでは、「暴力」についての内容をご紹介したいと思います。
さて、ゴリラといえば、私たちは暴力的で凶暴なイメージが浮かびます。しかし、山極氏によれば、このイメージは大きな誤解です。ゴリラは実に平和的な霊長類(より具体的には人類に最も近い「類人猿」の一種)なのだそうです。
ゴリラは、19世紀中盤に、初めてアフリカからヨーロッパに紹介されました。当初は、前述したように「人間の女性をさらう」とまで言わるほどの、とんでもない「野獣」「怪物」だと考えられていたのです。このため、ハンターにより射殺され、剥製にされる対象になっていました。また、生け捕りにされた場合も、動物園では鎖で厳重につながれ、繁殖さえ許されなかったのです。しかし、彼らの生態についての研究が進むにつれ、ゴリラは、できるだけ戦いを避け、平和裏に共存しようとする行動を取っていることがわかってきたのでした。


ゴリラが凶暴だと思われた理由のひとつに、両手で胸を叩く「ドラミング」があります。ドラミングは、戦いを挑んでいるようなポーズに見えますが、実際はそうではありません。ドラミングには「自己の提示」や「興奮と好奇心」など様々な意味があります。中には「遊びの誘い」という意味もあり、決して戦いのプレリュードではないのです。
自分の群れに外部からの侵入者が現れた時、群れのリーダーがドラミングをするのは、自分の存在を相手に示し、追い払うためです。もちろん、場合によっては戦いに発展することもあるのですが、しばしば、赤ちゃんを抱えたメスのゴリラなどが興奮しているリーダーをなだめるという光景が見られます。実際の戦闘を避けるための仲裁役が登場するというわけです。
山極氏は、こうしたゴリラの行動を野球の監督の行動に喩えて説明してくれました。セーフかアウトかという微妙な判定が下された時、監督は怒ってベンチを飛び出し、審判を殴りかからんばかりに激しく抗議します。しかしこれは、審判と争うことが目的ではありません。チームを率いるリーダーとして、自分たちの不利な状況を打破するため、集団の前面に出るのは当然の行動なのです。もし、こんな状況で監督が抗議をしなかったら、その監督の統率力は失われてしまうことでしょう。そして、リーダーのゴリラを別のゴリラがなだめたように、監督もまた、同じチームの選手たちからおさめられ、ベンチに戻ります。おかげで、殴り合いに発展することもなく、同時にリーダーとしての面子も保たれたことになるのです。
霊長類学によれば、相手が異種なのか、それとも同種なのかによって暴力の意味合いが違うのだそうです。異種の場合は、たとえば肉食動物のライオンがレイヨウを捕食するように、自分の生存のために相手を倒す、殺すということを意味します。しかし、同じ種の間では、「共存」を前提とした暴力であり、ゴリラの例に見られるように、争いを避けるような行動が基本となっています。また、暴力は、集団内外における様々なトラブル、すなわち縄張り争いや、食や性を巡る争い、言い換えると「葛藤」を解決する手段のひとつとなっていることを山極氏は示してくれました。
それでは、人間はというと、人類の本性は「暴力的である」という考え方が、第二次世界大戦後の戦勝国、つまり欧米で盛んに言われるようになったそうです。これは「キラーエイプ仮説」と呼ばれるものですが、ゴリラは凶暴だという誤解が元になっています。狩猟の道具を戦いの道具として転用することを覚えた人間は、集団間の戦いにおいて、武器を用いた暴力を行使するようになり、暴力を通じて大脳を進化させ、今の文明を作り上げたというものです。山極氏はこの説が支持された背景に、世界大戦という大規模な暴力によって多数の人間の命が失われたことを挙げます。多くの人が犠牲になったことからくる心の痛みをまぎらわすため、本来人間は暴力的だから仕方がなかったのだ、という考え方を求めたのだということです。
人類は野生動物に狩られることによって、独特な社会性を進化させたのではないかと山極氏は考えています。100万年前にアフリカの熱帯雨林からサバンナに出て、出アフリカをはたしたのは、子どもを多く産む夫婦が協力して子育てを行うことで父性が拡大したこと、そして、複数の家族が協力し合う仕組みを作り上げていたから乗り越えられたのだということです。
多産による増加から危険な地域に足を踏み入れた人類は、狩られることから身を守るため、安全な泊まり場などの情報やコミュニケーションを求めるようになり、そこから家族を超える集団としての共同体が作り上げられていったということです。
やがて、人類は狩猟生活から農耕という定住生活に移行します。すると、土地の境界線という存在が新たに出現しました。それまでは獲物をめぐってのトラブルはあっても、土地をめぐってのトラブルはありませんでした。
山極氏は集団暴力の増加と農耕のはじまりの時期的一致を指摘しています。他の霊長類にはない共同体への帰属心と、血脈という意味での祖先を同じくする奇妙なアイデンティティが生まれ、争いに負けたときに報復心を持つような共同体に変わっていったのではないか、暴力の激化に発展していったのではないか、ということでした。
霊長類の研究を通じて私たち人類の暴力という行動の起源に迫る、山極氏のお話は実に刺激的でした。

主要著書
人類進化論-霊長類学からの展開』裳華房、2008年
暴力はどこからきたか-人間性の起源を探る』日本放送出版協会(NHKブックス)、2007年
オトコの進化論-男らしさの起源を求めて』筑摩書房(ちくま新書)、2003年
父という余分なもの-サルに探る文明の起源』新書館、1997年

推薦サイト
京都大学人類進化論研究室 http://jinrui.zool.kyoto-u.ac.jp/

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