夕学レポート
2010年01月21日
アスリートの「育ち方」 朝原宣治さん
ギリシャ彫刻のような肉体美を、グレーのバーズアイのダブルスーツに包んで現れた朝原宣治さん。現役時代に比べると心持ち頬がすっきりしたような気はするが、知的で甘いマスクには、ネクタイ姿もよく似合う。
日本でも、ようやくアスリートの選手寿命が長なってきたが、朝原さんはその代表の一人であろう。五輪に4回、世界選手権に6回。15年以上も代表選手の地位を守ってきた。
その努力に、天の女神が微笑を返してくれたのが、一昨年の北京五輪であった。
陸上男子400メートルリレー決勝で獲得した日本短距離史上初の銅メダル。メダルが確定した時に、バトンを天高く放り上げて、仲間の選手と抱き合った朝原さんの姿は、日本五輪史に残るであろう名場面になった。
お子さんを抱えて、歓喜の涙に頬を濡らしていた奥様(奥野史子さん:元シンクロメダリスト)の姿も感動的であった。
パートナー・オブ・ザ・イヤーに輝いたということにも頷ける。
講演は、北京五輪の話題、幼少期からの陸上人生、最近の活動と多岐に渡ったが、アスリートとして朝原さんの「育ち方」について、お聞きできたのがよかった。
36歳まで現役を続けてこられた理由の一端を垣間見たような気がしたからだ。
トップアスリートの「育ち方」というと、イチローや福原愛のように、親子鷹で邁進する「巨人の星」型や、指導者と強固な師弟関係で結ばれて成長する「アタックNo1」型を思い浮かべがちである(両方とも、例が古くてスミマセン...)
朝原さんは、明らかにそれらとは異なる。
「自分の足で立ち、自分の頭で考え、自分の責任において意思決定をしてきた」人である。
短距離走者として五輪メダリストに至るまでに、さまざまな競技、多様な環境を経験し、しかもその時々の自分の意思で、進むべき道を選択してきたようだ。
受け身の指導や盲目的な信頼関係で技術や精神を磨いたのではなく、「これは!」と思う人を見つけては、自ら教えを請いに出向いた。
教えられた方法がよいと思えば、こだわりなく取り入れ、合わないと思えば止めた。
そうやって、サッカー、ハンドボール、やり投げ、ロングジャンプ等々と競技や種目を変遷し、100メートル走に行き着いた。
プロコーチの指導を求めて、ドイツやアメリカにも留学した。
常に能動的な学習スタイルを貫いてきた選手である。
多様な経験や自律的な意思決定の蓄積は、ひとつの色に染まらない柔軟性と柳腰の強さを形成したと思われる。
だからこそ、4度の五輪、6度の世界選手権出場が可能だったのではないだろうか。
いま、朝原さんは、トップアスリートのネットワーク組織を発足させる準備に取り組んでいるという。
アスリートには、意外と競技間を横断する「横」の交流が少ないという。
トップ選手が技術とマインドの両面で殻を破ってブレークスルーするためには、従来の枠を越えた発想の転換や気づきが必要になる。
トップになるためには、既に、自分なりの「持論」を形成していることが不可欠だが、もう一段の成長を図るためには、あえて「持論」を壊し、多様な視点を取り込んで、再構築することが求められる。
そのための場と機会を提供するのが、「アスリートネットワーク」の目的である。
これは、教育工学で「越境学習」と呼ばれているものだ。
いま、最もホットな「学びの形態」と言ってもよいだろう。(詳しくはこちらを)
「アスリートネットワーク」は、選手達にとって、所属チームでもなく、恩師や競技仲間の繋がりでもない、もう一段成長するための「学びのサードプレイス」となり得るかもしれない。
奥様のシンクロ人脈やバレーの柳本氏等々、競技・種目の枠を越えて多様なアスリートに声を掛け、3月をメドに発足するつもりとのこと。
「自分の足で立ち、自分の頭で考え、自分の責任において意思決定をしてきた」朝原さんならではの、新たな挑戦である。
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大阪大学人間科学研究科 教授
感染症総合教育研究拠点CiDER 兼任教員
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東京大学東洋文化研究所 准教授
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