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夕学レポート

2010年01月19日

アメリカはどこに行く 渡辺靖さん

オバマ政権の大きな政治課題である「医療制度改革」を巡る意見対立は、国民皆保険制度を素晴らしい制度だと自負している日本人には、なんとも理解しにくい現象である。
「そこまで自立・自己責任にこだわらなくても...」と思ってしまう。
そんな不可解な部分も含めて、アメリカを理解するうえで欠かせない二冊の古典があることを渡辺先生は教えてくれる。
『ザ・フェデラリスト』A.ハミルトン , J.ジェイ , J.マディソン(岩波文庫)
『アメリカのデモクラシー』トクヴィル(岩波文庫)
の二冊である。
前者は、アメリカ建国のファインディング・ファーザー達が高らかに謳いあげた「実験国家への設計図」であり、後者はフランスの若き政治学者トクヴィルが観察した活力に満ちた草創期アメリカ社会の描写である。
そこには、国家を設計する立場、国家を構成する市民の立場、それぞれの立場から、アメリカの自由と民主主義へのこだわり、アメリカンドリーム賛歌がみられるという。
全ては、自分達から始める。自分達の手で創り上げる。
そんな草の根民主主義への強いこだわりがよく理解できるという。


アメリカの「原点」を確認したうえで、アメリカ社会の価値観はどのような時代的変遷を経てきたのかを振り返ってみる。
渡辺先生は、アメリカ社会は4つのフェーズチェンジをくぐり抜けてきたと分析する。
建国期、南北戦争、ニューディール時代、レーガン保守革命の4つである。
この時代区分は、かつて夕学に登壇された藤原帰一さんが話された「政党地図のリ・アライアメント(再編)」と同一である。
渡辺先生は、過去のチェンジは全て、「政府の役割」を巡る解釈対立が引き金になったと見ている。
南北戦争は、奴隷解放という対立点と同時に、北部の保護貿易派と南部の自由貿易派という貿易への政府関与をめぐる争いでもあった。
ニューディールでは、世界大恐慌という未曾有の経済危機を、政府による大規模な市場介入という、伝統的価値観に照らせば「禁じ手」を使って乗り切った。
レーガンが推進した新自由主義的な経済政策は、「小さな政府」「self governance」へ帰ろうという原点回帰政策でもあった。
政府は、自由への「脅威」なのか、それとも自由に至る「手段」なのか。
自由という原点を再確認しつつ、そこに至る道筋を描く際に、政府という絵筆をどう使うべきか。
アメリカの大きな変革は、いつもその解釈をめぐる争いであり、アメリカ国民は、左右の大きく振れながらも、その時点で一つの結論を出してきたという。
さて、「Change」の大合唱の中で生まれたオバマ政権は、5つめのフェーズチェンジになりえるのか。
有名な「ひとつのアメリカ」演説に象徴されるように、彼の根本思想には、二項対立を超克した統合的な価値観を作りたいという願望がある。
渡辺先生は、それを「内包的価値観」と呼ぶ。
違いや対立をすべて包み込んだうえで、選民意識を捨てて、世界と一緒にグローバルな問題に立ち向かおうという理想である。
そこには、5つめのフェーズチェンジを期待させる新奇性があることは間違いない。
しかしながら、渡辺先生は、この見方に否定的である(この点は藤原帰一さんも同意見であった)
南北戦争時のリンカーン、ニューディール時代のローズベルト、80年代のレーガン。
いずれも圧倒的な支持を得て大統領に選ばれた。だから大胆な変革が出来た。
一昨年の大統領選挙の結果を見ると、表層面での熱狂とは裏腹に、実は政党地図はほんのわずかしか変わっていない。
フェーズチェンジを期待するほどの大きなマグマは動いていない。
渡辺先生はそう見ている。
「医療制度改革」への根強い反対勢力を見ていると、さもありなんという気もする。
アメリカが「世界を映す鏡」だという見地に立てば、オバマの唱える「内包的価値観」は、世界が進むべき道をひと足先に指し示してくれた。
環境、食糧、国際紛争etc、世界が直面する問題は、グローバルレベルで「内包的価値観」が共有化されない限り、解決は難しい。
オバマは白雪姫になり得るのか、それとも「世界を映す鏡」論は、偽説だったのか。
貴方はどう思うだろうか。

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