夕学レポート
2010年07月31日
「愛でる」という感覚を取り戻す 中村桂子さん
地球上にはじめて生命が誕生したのは38億年前、深海で生まれたバクテリアのような単細胞生物ではなかったかと言われている。驚くべきことに、そのDNA構造は、我々人類とまったく同じであるという。
つまり、生命は38億年前から連綿と続いており、現在地球上に存在する多様な生物は、全て繋がっている。
生命とは、「時間」と「関係」で成り立つ巨大なネットワークでもある。
人類が登場したのは15万年前のアフリカ大陸。農耕の発明により「生物圏」から「人間圏」というサブシステムが枝分かれしたのが1万年前。産業革命により、爆発的な拡大過程に入ったのは、わずか200年前のことである。
現在、人類の拡大速度は、地球の物質循環のそれを大きく上回る「異常な状態」にある。
「異常な状態」にいる私達は、自然を制圧する対象として捉え、科学技術をその道具として開発活用してきた。
中村先生は、「その関係図式を変えよう」と言う。
科学技術と自然の間に人間が入り、両者を融合させる役割を果たすべきだ、とする。
そのためには、価値観(世界観)を変える必要がある。
産業革命以来の「機械論的世界観」から「生物論的世界観」への転換である。
自然は数式で記述でき、人間も機械のような構造体と認識する。だから要素分解することで全てが解明できる。そう考えるのが、「機械論的世界観」である。
「生物論的世界観」は、世界をあやふやで、柔らかく、変化しつづける存在として理解する。だから複雑で、曖昧で、いまもってよくわからないものと考える。
価値観(世界観)の転換は、どうすれば出来るのか。
中村先生は、「ルネンサンスに学べばよい」と言う。
ルネンサンスも価値観の大転換であった。
宗教(キリスト教)のくびきから解き放たれ、教会の呪縛から自由になる。そのことで新しい芸術・文化が花開いた。物事に見方・考え方が変わったからだ。
ルネンサンスの精神とは何だったのか。
「なぜと問い、自分で考える」
「二元論を脱し、善・悪を自らの中で引き受ける」
塩野七生氏は、「精神的に強い人間になる」ことだと喝破したそうだ。
私達も、科学技術というくびきから自由になり、生き物としての人間を取り戻す必要がある。そうすれば、ダヴィンチやミケランジェロのように「新しい何か」を創り出せるかもしれない。
「生物論的世界観」を持つことで、食糧、医療、住環境、教育、エネルギー等々、世界に共通する諸問題に対する問題認識、解決の方向性が見えてくるのではないか。
繰り返して確認したい。
生命とは、「時間」と「関係」で成り立つ巨大なネットワークである。
あらゆる生物は、巨大なネットワークの中で、一定の時間をかけて循環する存在である。だから38億年も続いてきた。
あらゆる生物は、すべて同じDNA構造から成り立っている。DNAの組み合わせが違うだけで、ここまで多様になったのだ。
あらゆる生物は、いまも生成し続けている。分からないことが多い。ゆえに環境の変化を受けて、いかようも変わるし、失われても再生できる。
深海に漂うバクテリアも、森に生えるキノコも、春の歩道を彩る桜も、サバンナを走るキリンも、高層ビルで働く人間も、同じように「時間」と「関係」の連鎖・循環で生きていることを認識しなければならない。
自然への畏敬を取り戻そう
『源氏物語』にある「愛でる」という感覚を見直そう。
中村先生の、ラストメッセージである。
対象を愛し、知り尽くし、考え抜いたうえで、それを受け入れる感覚。
盲目的に恐れない。バカにして操作しない。旺盛な探求心で探るけれども尊重する。そういう「こころね」を、日本人は持っていたのだ。
猛暑が続く東京の夏 科学技術の象徴のような都市で、しかも高層ビルの中で聴くには、スケールが大きすぎた講演だったのかもしれない。
できれば、高原の木陰で涼しい風を感じながら、もう一度考えてみたい。
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