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夕学レポート

2010年12月03日

「へとへと」「わざわざ」「じりじり」 清水勝彦さん

「”戦略””総合”という名称が付いた部署名がたくさんある会社は要注意ですね。」
かつて、ある高名コンサルタントから聞いた言葉である。○○戦略部、戦略□□部、総合○○室、総合□□本部等々が氾濫している会社は、組織として迷走していることが多いという経験則に依拠している。
「総合戦略本部長」という名刺の人がクライアント側の責任者になった時、その案件は失敗を覚悟せねばならない、というオチまで付いていた。
15年振りに日本に帰国した清水先生が抱いた日本企業に対する印象もよく似ていた。
世の中に溢れかえる「戦略」というコトバ。
その一方で、「戦略」とは対極にあるはずの「現場の猛烈ながんばり」に頼っている多くの企業。
「戦略」の本質が理解される前に、「戦略」というコトバがコモディティ化してしまった日本の状況に驚かされたという。
きょうの夕学は、この不可思議な状況の描写とそこから抜け出すための道筋を示してくれる講演であった。
清水先生が主張したキーワードは三つ。
「へとへと」  「わざわざ」  「じりじり」
である。


日本企業は「へとへと」になっている。
顧客ニーズに対応する。競争に打ち勝つ。株主の期待に応える。時代の要請に適応する。
いずれも客観的な事実として存立するものではなく、対応する側の主観的な認識でしかないものだ。
にもかかわらず、それに振り回され、原点(強み、やりたいこと)を見失っている。
厳しい環境に適応していくために、外部に答えを求めようという「集団的無意識」に絡め取られている。
だから「へとへと」になってしまう。
誰がなんと言おうと、俺たちはコレ(強み)で勝負するという「開き直り」が必要であろう。
多くの企業は○○○○を「せざるをえない」という。
「ざるをえない」と口にするほどやりたくないことをやって、「へとへと」にならないはずがない。
「へとへと」から抜け出すには、「わざわざ」が不可欠であると清水先生は言う。
「わざわざ」とは、非合理性と置き換えてもいいだろう。
10/6の夕学で、一橋大の楠木建先生が、「ストーリーとしての競争戦略」理論の最大のキモとして主唱した「クリティカル・コア」という概念に近いものだ。
小説にせよ、映画にせよ、演劇にせよ、よいストーリーに共通するのは、ストーリーの読者(聴衆)を「グイっ」と引き込んでいくドライバーが仕込まれていることだ。
「えっなんで!」「どうして、そうなるんだ!」「これからどうなる?」と思わせる大胆なスートーリーチェンジが行われる。クライマックスを盛り上げる伏線になる。
「クリティカル・コア」には、非合理性が埋め込まれている。それだけを見ればムダで、遠回りなことをやっているように見える。

味にこだわり、「わざわざ」最高級の素材を使用する(素人には違いが識別できないのに)
品質にこだわり、「わざわざ」古くなった商品を廃棄する(まだ十分使い道があるのに)
リストラをする際には、「わざわざ」いちばん難しい相手から始める(他に楽な方法があるのに)
といったように、自社の強みを貫くために、「なんでそんなことを、わざわざ...」と言いたくなるようなことにこだわることである。
非合理だから驚きと感動が生まれる。非合理だから他社はすぐに真似をしない。
「わざわざ」遠回りすることで「へとへと」消耗戦に陥らない道が開けてくる。
戦略の実行は、「じりじり」との戦いである。
どんな戦略にも必ずリスクはある。リスクなしに差別化など出来はしない。
新しい戦略を打ち出し、自信満々に見えるリーダーも、心の中では不安で一杯のはずだ。
「じりじり」とした不安に耐えることが、戦略実行の第一歩である。
戦略に、唯一絶対の正解はない。
答えを探そうとして、他者(コンサル、学者、成功事例)に答えを求めようとして、それは参考情報にしかならない。
自分が、「わざわざ」遠回りしてまで、こだわりたいと思うことが見つかるまで、必死で考え続けるしかない。
ああでもない、こうでもないと思い悩む「じりじり」とした時間を経ずして、戦略は実現しない。
戦略を、組織の力として集約していくためには、同じことを何度でも繰り返し訴え続けなければ伝わらない。
かつて、全日空の大橋会長は、「一人に対して同じことを百回言って、はじめてわかってもらえる」という貴重な体験談を話された。
「じりじり」とした気持ちを抑えて、そこまで徹底する根気が不可欠である。
「へとへと」  「わざわざ」  「じりじり」
三つのキーワードを使って、「原点回帰の戦略論」を説くと、決まって帰ってくる答えがあるという。
「(そうは言っても)なかなか難しいですね」
という反応である。
「難しいですね」を越えたところにしか、戦略はない。楽なことではないのだ。
「だから、やりたいこと、楽しいことしか出来ないのです」
清水先生は、サラリと話を締めくくった。
追記:
この講演に寄せられた「明日への一言」24件です。
http://sekigaku.jimdo.com/みんなの-明日への一言-ギャラリー/12月-2日-清水-勝彦/

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