夕学レポート
2011年02月15日
田口佳史さんに問う中国古典 【大学の道】 その1
agoraの中国古典シリーズを田口佳史先生にお願いをするようになって、次回(2011年4月開講)で4回目になります。
『論語』『老子・荘子』は、それぞれ講義をベースにした書籍も出来て、こちらも大好評のようです。
田口さんは、おそろしく懐の深い人です。
相撲に擬えれば、相手の力や技を真正面から受け止めているのに、いつの間にか自分の十分な形になっている。 そんな感じでしょうか。
『論語』の中に、「われ、少(わか)くして賎し ゆえに鄙事に多能なり」という一説があります。
孔子は、若い時分に苦労をし、いろいろな経験をしたので、世の中の些事に至るまで、何でもこなすことが出来る、という意味です。
前後の文章から、孔子は自分の「鄙事多能」を誇るのではなく、君子たるもの鄙事に多能であってはならない(ドンと構えた大人(タイジン)であるべきだ)と逆説的に諭しているというのが一般的な論語解釈ですが、私は、この一文を読むと、孔子には「鄙事多能」をちょっぴり誇らしげに思う気持ちもあったのではないかと感じます。
実は、福沢諭吉も「鄙事多能」を自負していて、『福翁自伝』の中には、家財道具の修理や値切り交渉などが得意であったと、自慢げに詳述しています。
孔子、福沢諭吉が、「鄙事多能」を、やや誇らしげに語る時、その真意は、些事がこなせることを自慢することにあるのではなく、世の中の本末、表裏を隅々まで見聞体験してきた末に、物事の道理を知ったのだという経験の深さを誇りとすることにあるようです。
田口さんも「鄙事多能」の人ではないでしょうか。
映画監督を志していた25歳の時、タイで記録映画の撮影中に水牛に襲われ、九死に一生を得たと聞いています。現地の病床で、たまたま手に取った「老子」に心を奪われ、以降中国古典思想の研究と普及に40数年を費やしてきました。
断片的に話を伺ったところでは、大物政治家の指南役として名を馳せた高名な思想家に師事していたこと、シリコンバレーで経営コンサルタントをやっていたこと等々、「話せば長い...」経験をいくつも経てきたことは確かなようです。
さまざまな世界の表と裏を知ったうえで、中国古典思想が謳う時空を越えた普遍的な真理を、自分の問題として追究してきた人が、田口佳史さんです。
田口さんの人間洞察の深さ、鋭さに感銘して、半数近くをリピート受講者が占めるというのも、中国古典シリーズの特徴といえるかもしれません。
さて、シリーズ3回目の講義は『大学』でした。
田口佳史さんに問う中国古典 【大学の道】
論語、老荘と続いて、「次は大学がいいでしょう」という田口先生のお申し出に対して、最初は少しだけ不安でした。
誰もが知っている前の二冊に比して『大学』は、知名度で大きく劣ります。
しかし田口さんには、『大学』を推奨する明確な理由がありました。
『論語』も『老子・荘子』も、3時間×6会合というagoraの枠組みでは、膨大な全文の一部分、エッセンスを扱うことしか出来ません。
それに対して、『大学』は、全十五章句を取り上げることができます。
エッセンスを読むことの意義を否定するものではないが、それで分かった気になるのも早い。儒家思想の入口でもある『大学』を自分のものにすることで、はじめて中国古典を学んだことになる。
そんな思いがあったのではないでしょうか。
『大学』は、儒家思想の基本教典とされる四書五経の最初に位置づけられるものです。
江戸時代まで、武家も町人も、学問の扉を叩くものがまず、出会うのが『大学』であったとのこと。
かといって、けっして入門書であったわけではありません、初学の者から学者に至るまで、その時々に課題を胸に、何度でも読み込むことが出来る汎用性が『大学』の魅力でもあります。
授業は、全員での素読から始まります。
寺子屋に集った学童よろしく、全員が声を揃えて、朗々と読み上げていきます。中国古典の多くは、素読を前提に書かれているのか、文章は韻を踏み、語調が整えられたリズミカルなものです。声を合わせるためには、他者のスピードや呼吸を計らねばならないので、受講者全体の協働作業でもあります。
他者との関係性の中で、自分自身を律していく。
儒家思想に共通する思想精神を、素読を通して体得するという意味もあるのかもしれません。
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