夕学レポート
2011年04月26日
人権アクティビストという仕事 土井香苗さん
1996年 ひとりの女性(当時21歳)が、アフリカのエリトリアという国に渡った。
エリトリアは、1993年にエチオピアから独立したばかりの若い国。女性の名は、土井香苗さん、東大法学部三年で司法試験に合格してすぐのことであった。
中高生時代から、世界のどこかで苦しむ人達の力になりたいと考えていた土井さんは、ピースボートのボランティアに名乗りをあげ、まだ湯気が立ち昇っているようなアフリカの新国に赴いた。
一年間、エリトリア法務省で刑法作成の手伝いをしながら、国作りに情熱を燃やす多くの若者達と出会った。
そこは、国家の草創期の熱に溢れ、知的梁山泊のような雰囲気に満ちていたという。
ところが、帰国後弁護士になった土井さんに届いたのは、エリトリアが戦争を再開し、2001年に独裁国家に転じたという情報であった。
共に学び、議論した若者の多くが、弾圧・拘束され、収容キャンプに送られた。処刑された者もいたという。
国家は、人権を守ることもあれば、蹂躙することもある。だからこそ、厳しくウォッチし続けなければならない。
その決意が、土井さんが、人権弁護士になった理由、ヒューマンライツウォッチの活動に入った理由であるという。
「人権」という言葉は、幸いなことに、現代の日本では深く議論する必要がない概念である。年末に行われる人権啓発運動には、「思いやり」「優しさ」といったほのぼのとした言葉が頻出している。
しかし、土井さんは言う。
「そんな甘っちょろいものではない」
人権問題は、国際社会では、戦争のすぐ隣にある、極めてクリティカルな問題である。
それは、道徳ではなく、国際政治そのものである。
人権保護の歴史は、第二次世界大戦後、1948年に制定された国連の「世界人権宣言」に始まるという。ナチによるユダヤ人弾圧を知りながら、ホロコーストの悲劇を止めることが出来なかった反省の上に立っている。人類の過ちを認め、歴史から学ぼうとする国際的な決意表明であった。
法的拘束力こそないものの、国連は世界の人権のためにモノ申す。時には武力の行使さえ許容する。イデオロギー対立が無くなったいま、人権は、世界のパワーポリティクスを形成する重要な要素になっている。
ヒューマンライツウォッチは、30年以上の歴史を持つ、国際的な人権アクティビスト集団である。
困っている人達の人道的支援ではなく、人権問題発生の根源を絶つことを目的とする。
拷問、拘禁、強制失踪といった人権蹂躙を止めさせるために、相手(多くの場合政府)の一番嫌なところを突くという行動原理を持った人々である。
相手(多くの場合政府)の一番嫌がること、それは、闇の向こうに葬り去ろうとしている人権蹂躙の事実を「世界に知られること」だという。
だから、それを世界に知らしめる。知らしめることで世界から圧力をかける。
「思いやり」「優しさ」といった甘言とは縁遠い、緊張関係の中で行われる政治的アプローチである。
「世界に知らしめる」にあたっては、自分たちで集めた一次情報をなによりも重視し、90ヶ国をモニタ-しながら、事あれば調査員が現地に入り込み、人権蹂躙の実態を調べ上げ報告書として公開する。ジャーナリズムに情報提供することで、ニュース化することにも積極的である。
土井さんは、戦略的なターゲットアドボカシーを受け持ち、ロビイング や 政策提言に汗を流す。
「調べ上げ、知らしめ、動かす」
それがヒューマンライツウォッチである。
世界の難民は4、200万人。そのうち先進国に再定住出来ているのは、わずか8万8千人。日本で暮らす難民にいたっては、たった39人(2010年)に過ぎない。
この現実は、世界の人権問題への日本の関心度合いと相関するのかもしれない。
BBCヘッドラインに流れる国際的な人権問題であっても、日本のマスコミが取り上げるのはほんの僅か。圧倒的な無関心がそこにあるという。
26日のロイターによれば、シリアでは治安部隊の発砲により、400人以上の市民が犠牲になった。
いまも、世界の各地で深刻な人権問題が発生している。
その悲劇に関心を失ってはならない。
この講演に寄せられた「明日への一言」はこちらです。
http://sekigaku.jimdo.com/みんなの-明日への一言-ギャラリー/4月26日-土井-香苗/
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