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夕学レポート

2011年11月25日

文楽は「摺り合わせ型」芸術  豊竹咲大夫さん

photo_instructor_587.jpg10数年前、ある方に連れられて国立劇場で初めて歌舞伎を見た。演目は忘れたが、中村福助・橋之助が兄弟競演をしていたと思う。
「橋之助は、華(花)があるね!」
案内してくれた人がそう話すのを聞いて、なるほど、これが歌舞伎の見方なのか、と妙に納得した記憶がある。
歌舞伎に限らず、芸能一般において、演者の秀逸さを評する際に用いる「華(花)がある」という表現は、世阿弥に始まるという。
世阿弥がはじめて、芸能における「花」という概念を創出した。
「花」という概念を端的に言うと、「観客の心を掴むこと」だとされる。
世阿弥は、芸能の本質は、観客の心を掴むことによって成し遂げられることを喝破した。
「ウンッワハッ、ウンワハッ」という時代者の笑い方をひとつで、観客の心を掴んでしまった豊竹咲大夫師匠には、間違いなく「花」があった。
『花伝書』を読むと、世阿弥が、「花」はひとつではないと考えていたことが分かる。
春の桜のごとくに季節の盛りの花(時分の花)もあれば、円熟を迎えた花(まことの花)もある。何もしないのに存在感を感じさせる枯れた花(老年の花)もある。
文楽を知らない私が、咲大夫師匠はどの花かを評する能力はないが、お話から推察すれば「まことの花」の頂点にあって、来るべき「老年の花」を見据えている、といったところだろうか。
22才の時に初演をした「日向嶋」を、ずっと演じ続け、昨年になってはじめて「やれた」という感覚を掴んだという。40年かけてやっと熟成する。しかもわずかな期間にだけ花が咲くという無常観が、日本の伝統文化「文楽」の魅力かもしれない。


文楽は、語りを務める「大夫」、「三味線」、「人形遣い」という三業で構成される。要素が三つしかないだけに余計に、調和の巧拙が表に出るという。
野球好きの師匠は、「大夫」がピッチャー、「三味線」がキャッチャー、「人形」が野手という分かり易い喩えで関係を説明してくれたが、バッテリーの呼吸が合うかどうかが、野手の守りのリズムに大きく影響をするように、「大夫」「三味線」「人形」も、相互に大きく影響をし合うのだろう。
更にいえば、文楽の人形は、ひとつの人形を三人で操る。世界で類を見ない複雑な芸である。
ひとりが、人形の首と右手を操り(主遣い)、もうひとりは人形の左手を担当し、胴体を支える(左遣い)、三人目が、終始中腰の姿勢で人形の足を操作する(足遣い)。
それぞれの動きを、あうんの呼吸で連動させ、あたかも一体の人間とする。
世界に冠たる日本製造業の「ものづくり」を彷彿させる究極の「摺り合わせ」芸術と言えるのではないだろうか。
その特徴もよく似ているのかもしれない。
熟達化に時間がかかるが、容易に真似をすることができない。
技術のコアな部分が表に出てこないので、素人には違いが分かりにくい。
従って、使う側(観客)も良さを理解するのに、長い時間と経験を必要とする。
自動車産業を中心に世界に名が知れ渡った日本の「摺り合わせ」型ものづくりシステムも、金融危機後の経済停滞、東日本大震災、タイの大洪水と試練が続いている。
同じように、文楽発祥の地、大阪では「ひとつの人形を三人で演じるのは能率が悪い。一人でやるように改善すべきだ」と、信じられない発言をする某氏が、都市改革を推し進めようとしている。
考えてみれば、日本の伝統文化は、幾度とない危機を乗り越えてきた。世阿弥も晩年は都を追放され、利休は切腹を申しつけられた。
師匠によれば、文楽も、戦後しばらくは、「筆舌に尽くしがたい惨状」に陥ったという。
しかし、技能継承へのこだわりと巧みな時代適応によって、見事に危機を乗り越えてきた。文楽の研修生制度もそのひとつである。いまでは東京での公演は、チケットが手に入りにくい状態が続く隆盛ぶりと聞く。
「いつの時代も、お客様が私たちを育ててくれた」
そう語る師匠の言葉には、「摺り合わせ」芸術の素晴らしさを共有する同胞として、演者と観客の関係を越えた信頼が感じられた。
伝統芸能は、演じる者と観る者の両者が支え合って続くものだということを改めて感じた。
この講演に寄せられた「明日への一言」です。
http://sekigaku.jimdo.com/みんなの-明日への一言-ギャラリー/11月25日-豊竹-咲大夫/

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