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夕学レポート

2011年12月06日

工藤公康氏のDeNA監督就任騒動に思う

皆さまご承知のように、「工藤公康氏が、横浜DeNAベイスターズの監督に就任確実」
という見込報道から一転。交渉中断となりました。
つい二ヶ月前に夕学に登壇いただいたこともあって、このニュースは特に関心をもって推移を見守っておりました。
実は、講演の中で、受講者の方から「将来監督をやってみたいという希望はありますか」という質問があった際に、工藤さんの返答は次のようなものでした。
「私が監督をやるとしたら、余程生活に困った時だと思ってください(笑)」
あの日の講演内容と、間髪入れずの返答から思い浮かべても、日本のプロ野球の監督という仕事は、工藤さんにとって、まったく魅力がないものだと思えました。
いくら子沢山とはいえ、たった二ヶ月で工藤家の生活が逼迫したとは考えられず、「就任に前向き」「監督確実」という報道を見る度に、「ホントかな?」という疑問が拭えませんでした。
口幅ったい言い方ですが、個人的には、きっとこうなるだろうと思っていた通りの結果になりました。


スポーツ新聞の論調は、「野球の素人」を自認するDeNAのフロントの先走った行動とそれに乗せられた工藤さんという図式で語られているようですが、工藤さんが、前言を翻して(二ヶ月前に講演で話したことなど忘れているでしょうが…)監督をやる気になったのは、まさにその「素人さ」に掛けたということではなかったかと思います。
夕学の講演から推察すると、工藤さんが、日本の「プロ野球ムラ」に対して、ある種の「見切り」をしていたことは間違いないと思います。
「プロ野球ムラ」には、現場の監督やコーチ、フロント、評論家含めてあらゆる人々が入りますが、個人としてどうこうということではなく、ムラが所与のものとして疑わない伝統的な考え方、価値前提のようなもの対する「見切り」でしょう。
端的に言えば、よい選手を「探すこと」「使うこと」には熟練していても、「育てること」「長持ちさせること」の専門性を蓄積しようとしない「ムラの組織文化」を見切っていたといってもよいかと思います。
プロ野球のみならず、日本の野球指導者の多くの人が、工藤さんが「当然持っているべきだ」と考える科学的な指導理論を有していないという事実は、夕学の中で具体的な事例を使ってお話いただきました。
「日本のプロ野球の監督なんて、誰だってやれますよ」
そんな刺激的な言葉も発していました。
実際に、選手時代に、”そこそこ”の実績を残して、ある程度の人望があれば、かなりの確率で監督やコーチになれるのではないでしょうか。
やや過激な言い方をすれば、監督、コーチ、評論家は「プロ野球ムラ」の発展に一定の貢献をした人にとって、天下り先のようなもので、既得権益を持ち回っているという面もあります。
「プロ野球の選手は作ることができます」
とも言っていました。
工藤さんは、並外れた探求心があり、スポーツ科学の研究者を尋ね、動作解析のビデオを取り、生理学の本紐解いてきたと言います。自らを実験台にして形成してきた確固たる育成理論やトレーニング方法に自信を持っています。
素人なりに推察すれば、DeNAフロントは、「新鮮でフレッシュな人材」というただひとつの理由で、工藤さんに目を付けたのでしょう。
工藤さんは、DeNAの「素人さ」を逆手に取る形で、自分の哲学を実践するために、従来の「プロ野球ムラ」の常識を越えた価値観の転換を条件提示したのかもしれません。トレーナーシステムや投手コーチの指名といった事柄は、表層的な条件で本質ではないような気がします。
工藤さんも、伝統チームからの誘いなら、にべもなく断ったのでしょうが、DeNAに対して、「ここならムラの色に染まらないのではないか」という淡い期待を抱いたということはあるかと思います。
「監督は誰でもできる」ということを、逆の意味で熟知していた高田GMは、「新鮮でフレッシュな人材」にこだわる親会社の意向に沿って、工藤さんと接触したのでしょう。
しかし、「監督:工藤公康」が、「新鮮でフレッシュ」なだけにとどまらずに、ムラの文化をを否定して、イノベーションを起こそうとしていることに早い時点で気づいていたようにも思います。
親会社の顔を立てるために工藤さんと交渉を続けながらも、裏では別の準備(中畑氏への要請)を進めていたに違いありません。出なければ本命案が頓挫してすぐに代替案が登場するはずがありません。
なにせ、高田GMは「プロ野球ムラ」でも飛びっ切りの優等生ですから。
いまから思えば、「プロ野球ムラ」の優等生とそれを壊そうとする革新者を組み合わせようとした時点で、この話は「木に竹を接ぐ」ような愚かな試みでした。
DeNAフロントが、工藤公康氏を「新鮮でフレッシュな人材」としか見なせなかったことが、失敗の始まりではなかったでしょうか。
もし、春田会長が、夕学で工藤さんの話を聞いていれば、彼が「新鮮でフレッシュ」に止まらず、「プロ野球ムラ」の破壊的創造を夢見るイノベーターであることに気づいたのになあと思いますが、これはちょいと我田引水でしたか...。
ただ、これは根拠のない予想ではありますが、「プロ野球ムラ」が工藤さんのようなイノベーターを迎え入れる(迎えざるを得ない)日も、そう遠くないのではないかという気もします。

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