夕学レポート
2012年02月05日
橋下市長を巡る論争から民主主義を考える
橋下徹大阪市長を巡る論争が気になっている。
来期の夕学では、古賀茂明氏、内田樹氏、藤原和博氏に登壇いただくことになったことも理由のひとつである。
古賀氏は、大阪府市統合本部の特別顧問として橋下改革のブレーン役を務める。
内田氏は、橋下さんから名指しで指摘されるほどの反ハシズムの論者である。
藤原氏は、府知事時代の橋下さんから教育分野の特別顧問を委託されたが、いまは少し距離を置くと聞く。
三者三様の立場なので、多面的な見方を聞けるかもしれない。
(講演テーマは、橋下さんのことではありませんが…)
どちらがどうこうと論評するつもりはまったくないけれど、私としては、橋下さんを巡る議論を聞くことで、民主主義を考えるよいきっかけになった。
民主主義と言えば、チャーチルが言ったとされる名言が想起される。
「民主主義は最悪の政治形態らしい。ただし、これまでに試されたすべての形態を別にすれば」
民主主義は、人類がさまざまな政治形態を経たうえで辿り着いた、いまのところもっとも優れた政治制度ではあるけれど、理想的な最終型にはほど遠く、ずいぶんと問題が多い制度であることも事実のようだ。
例えば、橋爪大三郎さんは、『民主主義はやっぱり最高の政治制度である』という本の中で、民主主義の欠点をいくつか提示している。
橋爪さんの指摘する欠点を、私なりに整理すると次の三つになる。
欠点1.時間がかかって、効率が悪い
民主的な手続きを取ると、いつまでたっても何も決まらない、従って何も変わらない、といった弊害に陥ることがある。「船頭多くして船山に登る」というやつである。
また、民主的な手続きの過程で、多くの人の意見を聞き、修正を加えると、最終案がいいものになるとは限らない。逆にとんでもない代物になる危険性もある。
どんなものにも時間の制約はあるので、民主的な手続きを悪用されると、反対者から時間切れ戦術に持ち込まれることもある。結果として何も決まらない、なにも変わらない。
欠点2.民意は間違えることがある
一昨年夏の総選挙で、民主党に一票入れた私が、いまそれを痛感している。
民意は、流されやすく、騙されやすいという側面を持つ。深く考えずに見た目の判断や、時の勢いで決めてしまうこともある。
衆愚政治といわれる現象がこれである。
欠点3.独裁を招きやすい
民主主義は、国民主権と言い換えてもよい。国民が絶対的な権力を持ち、自分達が選んだ議会を通じて、法律を作ったり、変えたりできる。あるいは自分達が選んだ大統領や首相を通じて、国家のかたちや政策を決めたり、変えたりすることができる。
国民に圧倒的な自由な権力を与えている。
その絶対的な権力を与えられた主権者を、国民からひとりの人間に置き換えると、独裁政治になる。
これは一見、わかりにくいようだけれども、過去の例を思い起こせばよくわかる。
ヒトラーは、どうやって登場したのか。
当時、もっとも民主的だと言われたワイマール憲法下のドイツで、民主的な手続きに則って政権を握ったのである。
閉塞感に満ち、大きな変革が必要な時代にもかかわらず、時間がかかって何も決まらず、問題を解決できない既存の権威に辟易していたドイツ国民が、深く考えずに、見た目の判断や、時の勢いで、間違えて選んでしまったリーダーがヒトラーであった。
独裁的なリーダーが、民主的な手続きで選ばれてしまうことがある
それが三つ目の、そして民主主義最大の欠点である。
さて大阪の場合はどうか。
橋下さんのツイッターを読むと「決定できる民主主義」という表現がよく使われている。
彼は、民主主義の欠点1「時間がかかって、効率が悪い」ことを痛感しており、この欠点を克服して「決定できる」ようにすることが重要だと考えていることがよくわかる。
「決定できる」ようにするためには、決定に至るまでのルールと責任者を明確にしなければならない。現在の日本の政治は、ここが不透明である。
誰が案を作り、どうやって議論をし、誰が最終決定をするのか。そのルールを明示的にする必要がある。そして最終的な決定者は、民意で選ばれている者であるべきだ。
それが、橋下さんが首尾一貫して主張していることのようだ。
民主主義の欠点1.「時間がかかって、効率が悪い」という問題を解決するうえでは、実に筋の通った見解である。
反橋下陣営の有識者が、橋下さんと面と向かって論争をすると、なんとも頼りなく、歯切れが悪く、説得力に欠けるのはなぜか。
これまで通りのやり方で、いまの大阪の(日本の)を改革することが、とてつもなく難しいことを承知しているからではないのか。
大阪の有権者は、いま大阪が直面している大きな問題を解決し、改革へと舵を切る先導者として橋下さんを選んだ。
民主主義の欠点1「時間がかかって、効率が悪い」を克服して「決定できる」ようにするやり方を選んだとも言える。
では、「民意は間違えることがある」「独裁を招きやすい」という二つ目、三つ目の欠点はどうだろうか。
民意が正しかったか、間違えたかの答えが出るまでには、しばらく時間がかかる。橋本改革の実行過程を見なければならない。
また、誤解のないように断っておくと、橋下さんが「独裁」だというつもりは毛頭ない。
ただ「独裁的な振る舞い」をする傾向はあるようだ。ちなみに「独裁」と「独裁的な振る舞い」は、天と地ほどの違いがある。
歴史に残る偉大なリーダーは、おしなべて「独裁的な振る舞い」をする傾向をもっていた。
「独裁的な振る舞い」にも良いそれ、必要なそれと、悪いそれ、やらない方がよいそれがある。
この道が正しいと確信したら、少しくらいの批判や反論にひるむことなく、強引にでも前に進まないと状況は拓かれない。誰もが賛成する改革などあり得ない。
自分が責任を取る覚悟で突き進む。それが、必要な「独裁的な振る舞い」であろう。
橋下さんには、そういう面があるように思える。
一方で、彼には、やらない方がよい「独裁的な振る舞い」も目立つ。
私は、橋下さんが、しばしば口にする「従えない人間は辞めてもらう」「嫌なら去ればよい」という言い方にそれを感じる。
自分の意見と反対の立場に立つ人を、あしざまに悪く言う物言いも気になる。
ある政治学者に対して、「学生相手にくっちゃべるだけの大学の教員に何がわかる」という主旨の発言をテレビで聞いたときには、強烈な違和感を抱いた。
彼のためにも、やらない方がよい「独裁的な振る舞い」は止めるべきだと思う。
まあ、橋下さんを擁護すれば、「時間がかかって、効率が悪い」という欠点を克服して「決定できる」ようにするためには、独裁的な振る舞いがもっとも効率的であり、喫緊の課題が山積する大阪の改革を進めるためには、必要だと信じているのかもしれない。
誰だって独裁者とは呼ばれたくはないが、彼はあえてその茨の道を歩いている。
その覚悟と迫力が人を惹き付ける。民意を集める。
革命やクーデーターという暴力的な方法で権力を握った独裁者は、自己の権力の正統性を保つのに腐心する。北朝鮮で行われてきた、滑稽なまでの金父子三代に渡る神格化政策をみれば、その苦労のほどがわかる。
一方で、民主的な手続きで選ばれた独裁者には、その心配がない。「私こそが民意だ」という水戸黄門の印籠の如き切り札を持っている。
民意で選ばれたリーダーが独裁に変わった時、民意という正統性を楯にして、民意を抹殺することもできる。
ヒトラーはそれをやった。
民意が「まずい」と気づいた時には、すでに民主主義は姿を消していたのである。
さて、これまでの説明を踏まえて、橋下改革のこれからを占ってみると、四つのパターンが考えられる。
ひとつは、「民意が間違えた」ということが早々にわかってしまうパターン。
「決定できる民主主義」が実現できそうもないことが見えてきて、改革への期待が急速にしぼんでしまう。民主党政権と同じ道をたどるということである。
これが、大阪に人にとっても、日本にとっても最悪のパターンである。
ふたつ目は、「民意が正しかった」ことが証明されるパターン。
「決定できる民主主義」が機能し、積年の課題が次々と片付いていくとともに、橋下さんの独裁的な振る舞いも落ち着き、新しい民主主義の指導者に成長する。
これが、大阪にとっても、日本にとっても最高のパターンである。
待望久しい「強いリーダー」の登場となる。
三つ目は、橋下さんを上手に使い倒すパターン。
橋下さんの闘争力と実行力で、必要な改革をやるだけやってもらい、もし仮に独裁的な振る舞いが行き過ぎたと感じたら、次の選挙でただちに御役御免とする。
これが、大多数の大阪の有権者が漠然と考えていることではないだろうか。
ただし、後述のようにこれは、かなり難易度の高いチャレンジのように思える。
四つ目は、「民意が間違えた」ということがすぐにはわからず、「しまった!」となったときには、手遅れになってしまうパターン。
「決定できる民主主義」により、次々と改革がなされるにつれ、いつしか彼の存在そのもが民意に置き換わる。その結果「独裁的な振る舞い」が「独裁」に変化してしまう。
橋下さんは、実にしたたかで、すべて見通したうえで、次の手を考えているようにも思える。このタイミングで、国政への影響力を保持する布石を着々と打ち始めた。
彼の頭の中には、大阪の改革の向こう側に、日本という国のかたちを変えることもイメージされていることは間違いないだろう。
既成政党のだらしなさを考慮すると、近々の総選挙で、大阪維新の会が70~80の議席数を獲得し、政局のキャスティングボードを握った場合、連立政権の首班に橋下さんがつく可能性はある。その時何が起きるか。
とてつもない大きな流れに巻き込まれると、民意の力だけでは、引き返すことが出来なくなることは、我々が70年前に経験した歴史の教訓である。
何度も言うが、橋下さんが、独裁的リーダーだとは言っていない。
橋下さんを巡る論争を見て、民主主義を考えるよいきっかけになったということを言いたかったのである。
民主主義は、いまのところ最高の政治制度ではあるけれど、いくつかの欠点があることを忘れてはいけない。
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