夕学レポート
2013年01月29日
誰もがブラックスボックスを抱えている 角田光代さん
今期の夕学最終回を飾る対談。
直木賞作家で、『八日目の蟬』など話題作を出し続ける角田光代さん
マルチな分野で活躍するプロデューサーのおちまさとさん
「話すのが得意ではないので、どなたかとの対談であれば...」という角田さんの返事を受けて、熱烈な角田ファンであることを公言していたおちさんに即依頼。トントン拍子で実現した企画であった。
かつてのおちさんは、入念な作り込みをし、展開ストーリーを設計するタイプであった。
いまは、あえて作り込まずに、その場の力を掴み取って、自由に展開しようとする。
今回も、頭の中でテンコ盛にしてある「聞きたい事」の中から、「いま、この時に、何を聞きたいと思うのか」という衝動に身を任せて質問を選びとろうというスタンスで臨んでいた様子であった。
話は、自由気ままに寄り道をしながら、笑いを交えて「小説を書くこと、読むこと」というテーマに収斂していった。
このブログに書きたいこともいくつかあるが、印象に残ったことをひとつだけ。
人間の不可思議性、多義性についてである。
「私は、いい人なんですね。電車でも自然と席を譲ったりする。でも、譲ったあとに、窓の外を見ながらとんでもない悪いこと考えたりもする。悪い人でもあるんです」
角田さんは、そう言う。
人間というのは、誰もが、そういう不可思議性、多義性を抱えているものだろう。
角田さんは、それを「ブラックスボックス」と呼び、小説のモチーフになるという。
私たちは、「ホニャララの本質」とか、「ナントカらしさ」という表現を使いがちである。
そこには、無意識のうちに、表面の化粧や衣装を取り除いていけば、芯の部分にひとつの真実がある、という幻想がある。これも世にいう「正解主義」なのかもしれない。
世の中のなぞには、必ず正解があって、解に行き着く最短ルートを知る者が最後に勝つ、という、アレである。
人間は、所詮タマネギでしかない。
何枚皮を剥いたところでタマネギに変わりはない。剥ききって何もなくなったとしても、ブラックスボックスはいつまでも残りつづける。
人間とは、そういう不可思議で多義的なものである。
対談の中でも、角田さん自身の多義性がいくつか紹介された。
「私の人生は”傾向と対策”なんです」
この賞を取ろうと狙いを定めたら、強い執着をもって徹底的に対象を研究し、実現してきた。
「小豆島に行ったのは一度だけ、山本さんというタクシーの運転手さんが一日かけて案内してくれました」
『八日目の蟬』の主要舞台として、ディテールが細部に渡って描かれている小豆島の風情は、意外にもあっさりとした取材に支えられていた。
どちらも角田光代さんの創作スタイルである。
人間の不可思議性、多義性は角田作品の中にも存在している。
直木賞受賞作の『対岸の彼女』の主人公のひとり、楢橋葵は、友達づきあいがヘタで、いじめに会った過去をもつ。ゆえにいつもビクビクとして、周囲の目を気にし、自分を抑えて生きている内向的女子高校生として描かれている。
かと思えば、大人になった楢橋葵は、がさつで、おおざっぱ、先のことは考えない楽天的な女社長に変わっている。
ジギルとハイド並の多義的な人格を、読者に「なるほど」と思わせる展開と筆致で統合させてしまうのは、角田さんの力量なのだが、誰もが、そんなチェンジの経験、或いは変身願望を持っているからこそ、引き込まれるとも言えるだろう。
『八日目の蟬』で、タイトルの意味を解説することになる決め台詞にも同じことが言える。映画でも、そのまま使われたのでご記憶の方も多いかもしれない。
「八日目の蟬は、ほかの蟬には見られなかったものを見られるのだから。見たくないって思うかもしれないけれど、でも、ぎゅっと目を閉じてなくちゃいけないほどにひどいものばかりでもないと思うよ」
普通の人とは違う人生を歩まざるをえないことは苦しみでもあるが、その道を歩かなければ出会えないものだってあるはず。ブラックスボックスを明けてしまったことにも、きっと意味はある。そういうメッセージにも読めるのではないか。
私たちは、正解主義の中にどっぶりと浸かって生きている。というよりは、生きることを強制されている。
一方で、こころの深層に抱えるブラックボックスを、無意識かもしれないけれど愛おしくも思っている。
角田さんの小説は、そのことに一時気づかせてくれる力がある。
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