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夕学レポート

2013年12月07日

実践的「働く大人の学び」論  菊池桃子さん

1984年デビューの女性アイドルにはこんな人達がいた。
菊池桃子、辻沢杏子、岡田有希子、仙道敦子、倉沢淳美、渡辺典子、荻野目洋子、セイントフォー、長山洋子、少女隊etc。
こうしてみると、先日お亡くなりなった島倉千代子さんではないけれど、まさに「人生いろいろ」である。 芸能界の厳しさを知らされる思いがする。
photo_instructor_684.jpgご本人の話によれば、菊池桃子さんを支えるファンは卒業をしないという特徴があるらしい。年齢でいえばご本人と同じ45歳+-5歳、40歳~50歳。デビュー当時にファンになり、そのまま年を重ねているということだ。
歓声や紙テープはないけれど、いつも温かい目で活躍を見守り続けている。
きょうの夕学に来てくれた人々は、まさにそういう人々であった。
「長い間応援してもらうためには、ファンの皆さんと一緒に自分も成長していかなければなりません」
菊池桃子さんはそう言う。
就職、恋愛、結婚、出産、育児という人生イベントをくぐり抜け、人間として成長していくファンの方々と一緒に、自分も成長し変わっていかねばならない。
ただ、ファンに言わせれば、成長を感じられる一方で、何があってもけっして変わらないイメージもまた菊池桃子さんの魅力なのではないか。
清楚、清潔。それでいて前向き、芯の強さがある。
デビュー当時のイメージは30年経ったいまもまったく変わらない。
変わらないのは、それがイメージではなく、人間としての本質部分だからなのかもしれない。
ファンならよくご存じのことと思うが、菊池桃子さんの30年はけっして平穏な人生ではなかった。ご本人が清潔な笑顔の裏で抱えた悩みや葛藤の大きさは計り知れない。
その荒波の中で人間として成長しつつ、それでいて本質を失うことがない。
それが、ファンが菊池桃子さんを温かく見守り続ける理由なのではないか。
「人生の正午」 40歳を前にして、菊池さんは、もう一度学び直すことを志した。
「障害を持った娘さんにとって一番のキャリアカウンセラーになる」
それが学びの目的であった。
選んだのは法政大学大学院 諏訪康雄ゼミ。雇用政策とキャリア論の大家である。授業が始まるのは夜6時半から。企業の人事マン、教員、厚労省の官僚等々のゼミ仲間15人と机を並べた。
当時は朝の情報番組をやっていたという。子供達のお弁当作りも手が抜けないので起きるのは早朝4時。芸能人、母親、大学院生の三足の草鞋を履く三年間だったという。
そこで何を得ることが出来たのか。菊池さんは実感の貼り付いた自分の言葉で語ってくれた。
それは紛れもない実践的「働く大人の学び」論であった。
菊池さんは、大学院時代に始めた新聞切り抜きスクラップをいまも欠かさず実践している。
気になるキーワードをいくつか決めて、関連する記事を集めていく。ただそれだけのことではあるが、毎日続けていくと時代や社会の動きが見えてくるという。
ボストンコンサルティングの代表だった内田一成さん(現早稲田ビジネススクール教授)が仮説思考のひとつとして実践している「20の引き出し」と同じ手法であろう。
大学院まで行かずとも、新聞さえあれば「働く大人の学び」は実践できる。
菊池さんが言いたかったことはそういうことであろう。
菊池桃子ファン(40歳~50歳)が歩んだこの30年は、日本という国が緩やかな衰退の時期を迎えた時代と重なっている。
失われた5年が10年に、そして20年になった。「下り坂を生きる」という感覚を日本人がようやく受け入れられるようになった時に、自分自身も「人生の正午」を過ぎようとしている。
そんな人にとって、同じ時代に、自分達よりもはるかに大きな振幅で波瀾万丈をくぐり抜け、それでもなお前向きに、志をもって人生の午後を生きようとしている菊池桃子さんを再確認していただけたことは、十分に意義のある一夜になったのではないだろうか。

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