夕学レポート
2013年12月10日
航海を続けよう。どんな風も前に進む風。ひらまつ 平松博利さん。
風を求めて、航海を続ける。
平松さんは海の男だった。
フランス料理のミシュラン1つ星シェフ。高級レストラン群を経営しかつ驚くべき増収増益を続ける、超優良企業の経営者。あの”ひらまつ”の平松さん。さわやかで、たくましく、かっこよくて、ほんとうに太陽の陽射しや潮風が似合いそうな方だった。
先を見て、信念をもって、航海を続ける、船長であれ。先の見えない時代だからこそ。それが経営者の役割である。コロンブスは大陸を発見したから偉大なのではなく、航海を続けたから偉大なのだから。こんなメッセージで講演は始まった。
これが、ひらまつのブランド戦略であり、超優良企業ひらまつの経営戦略であり、強さ逞しさの秘訣だった。平松さんの人材育成論であり、生き方論でもあった。
まさに平松さんのフィロソフィー。
一歩踏み出そう。できると信じて、西へ西へ進もう。航海を続けよう。苦労や努力はいらない、全力投球でいまを生きよう、楽しもう。講演のさいごもメッセージだった。そして、ご自身、常にそうでいらっしゃることが、お話、姿勢、視線から、ぐんぐんと伝わってきた。
エネルギーが伝わってくる。よし、私なりに目の前の海を進もう、と元気づけられる。
惹きつけられる。「こんな方となら一緒に冒険の旅をしたい」と思わせる。
そして、古典から学び、ご自身のものとして編集して、平松さんのフィロソフィーにされていた。
まさに名経営者、名リーダー。
昇り坂の儒家、下り坂の老荘
追い風の儒家、向かい風の老荘
ものごとが順調にいっているときは儒家思想、これまでのやり方や考え方ではうまくいかない変革が必要なときには老荘思想、「昇り坂の儒家、下り坂の老荘」 と言う。今日言い換えるなら「追い風の儒家、向かい風の老荘」。agoraで皆さんと一緒に中国古典を学んでいて、学ぶことは非常に多いのだが、それらを、”使い分ける”ことにこそ本質があるというところが、なかなか、わかるまで難しかった。平松さんは、まさに、思想の使い分けを実践され、具体例で示してくださっている方だなあと思った。
学ぶべき、読むべき、教えとして1.孔子、2.道元、3.陽明学の3つを挙げ、ここからのエッセンスや、その他にも経済古典からの引用を織り込んで、お話くださった。たくさんの本を読まれ、勉強されている方だった。そこからご自身なりにエッセンスを選んで、しっかりと受け取り、自身のなかで再編集して、ご自身の言葉にされ、実践されていた。だから語れるし、説得力がある。
今日すべきことに向き合い、常に全力。一軒のフランス料理店から始まり、シェフとして、ブランドとして、企業として、成功を続けられているのは、迷うことなく、航海を続けること、慎み努力し続ける、儒家思想の姿勢そのものだと感じた。また、店の現場では、日々鍛錬、日々最善、選ばれし者だけが残れる、ととても厳しい。しかし、人にはそれぞれに役割があるという。人と競争するのではなく、その人、その役割に応じて全力で航海を続けるかどうか、だけを問う。
同時に、俯瞰的に眺め続けている。長期の視点、広い視点でみて経営の意思決定をする。だから、海の激しく荒れている日も、いつまで続くのかわからない暗闇も楽しめるのだろう。順風満帆なときでも過信せず、嵐にも強いのだろう。
お店では30歳の若いシェフやスタッフにどんどん任せていく。マネジャーは率先して皿洗いに入る、何が起きているかよく観察しながら、任せてフォローや指導をする。
執着しない。
料理人として成功をおさめた最高潮のときに、料理人をやめ6年と決めて経営に専念されたのだった。ブランドが確立したと思われたときこそ、次に行く、ブランドはそもそも幻なのだからといって。ときに、大胆にすべてを捨てて、新しい航海に出る。
これらすべてとても老荘思想的だと思った。
ときがくるまで、待つ、こともする。
東京が成功したら次は大阪進出となりがちなところ、大阪が好きになってくれるまで”待った”のだそうだ。人口からシミュレーションし積極的に出店するが、納得のいく立地や条件がすべて揃わなければいつまでも”待つ”。
儲かっている店が難しい店の分も稼げばいい、と言いきる。スタッフのがんばりだけでは、お店の業績がどうにもならないときはある。人の成長も同じ。いつも順調で器用な人よりも、失敗をしながら苦労して成長していく人のほうが必ず伸びる。陰から陽にうつるときこそが、成長である。
「陰極まれば陽に転ずる」である。
こんなことをあれこれ思いながら、平松さんの描く波音に心地よく揺られるようにして、講演を聞いた。
楽屋で、ひとこと感想をいうと平松さんは、さわやかな笑顔を返しながらヨットの話を添えてくださった。
ヨットを知っていますか。ヨットは風で進みます。
ノッキングといって、ヨットは、どんな方向の風でも、風を受けて前に進むんですよ。
そうか、なるほど。ヨットには、追い風も、向かい風も、ないのだ。どんな風も、前に進むための風。
平松さんの航海はこれからも続く、続く。楽しみである。そして私たちも。航海を続けよう。
(湯川真理)
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