KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

夕学レポート

2005年11月30日

中国は国というより世界そのものだ 関満博さん 「中国民営企業の先進性」

台風直撃情報の影響でやむなく欠席された方が多かったために、特別に設定した関先生の連続登壇ですが、きょうも中国のエネルギーを熱く語っていただきました。
関先生は、きょうのテーマである「中国の民営中小企業」を研究テーマと定め、北京、大連、無錫、深せん、広東の5都市をベンチマークし、定点観測をしてきました。それぞれが地域性を生かした独自のモデルを作り上げており、5都市を観ることで中国の全体像がつかめるからという理由からです。各地で30社、計150社の民営企業を訪問調査した集大成が、近々700頁の大著にまとまり出版されるそうです。きょうは、そんな調査から大連、北京、広州の各都市で出会ったエネルギッシュなベンチャー経営者や彼らと密接に関わりながら発展する大学関係者のお話を聞くことができました。


ひとつひとつの事例を紹介するときりがないのでやめておきますが、改めて感じたのは、中国という国の底知れぬ深さ、恐ろしさです。よく言えば「大胆・柔軟・融通無碍」悪く言えば「いい加減・無節操」。少なくとも我々日本人の間尺では理解できない、したたかな人々です。専門学校が、生徒を安価な労働力に使って起業すること。国立大学が私立大学を起こすこと。大学の中に学生が起業するための支援施設があること。いずれもいまの日本では(特に大学では)到底考えられない次元の話です。なんとか一矢報いたのは、ライブドアがインターンで募集した若者を大連に送り込み、渡航費、住居費、中国語学習を無料で提供するかわりに、無給のコールセンター要員として使っているという逸話でしょうか。
私は、この話を聞きながら、この春からの一連のM&A論争に思いを巡らしていました。
ホリエモンや村上ファンドをあたかも宇宙人を見るかのように指弾する日本人のメンタリティーは、よく言えば「潔癖・人義・筋道」。悪く言えば「硬直、時代遅れ、島国根性」と称されます。でも村上さんやホリエモンに振り回されているようでは、到底中国には太刀打ちできないだろうなあと感じてしまいます。関先生によれば、あの国には、ホリエモン的若者が次から次へと生まれているのですから...
前回のブログには、中国は130年前の日本だと書きましたが、むしろ昭和20年代~30年代の日本に近いのかもしれません。政治的な混乱が収束し、社会のベクトルが経済に向き始めてはいるものの、それを支えるインフラや制度・規範が未整備で混沌とした状態の中で、児玉誉士夫や小佐野賢治など怪しげな黒幕や政商が跋扈する一方で、本田宗一郎や盛田昭夫のような世界に誇る経営者が起業をした時代。遠い未来が輝いて見えた時代です。そういう時代文脈の中で生まれくる中国企業と我々は対峙していかなくてはならないのです。
最後の質疑応答の中で関先生がお話になった「中国は国というより、世界そのものである」というコメントが印象的でした。経済の成長が国民の生活水準を底上げするという経済学の常識が通用せず、まるで地球のように、経済規模は総体として大きくなっても飽食と飢餓が同時発生する怪物国家中国。ケタはずれのスケールを持った隣人です。

メルマガ
登録

メルマガ
登録