夕学レポート
2015年06月11日
ものづくりは人間の本能である 田中浩也さん
「水の三態」
誰もが、理科で習ったことがあるはずだ。水には、液体・固体・気体の三つの状態がある。
しかし、私達は、現実にはそれぞれの中間帯があることを知っている。
水でもあり氷でもある。水に見える(感じる)人もいれば、氷に見える(感じる)人もいる。渾沌=カオスと呼ばれる状態である。
新たな技術が登場し、それが社会を変えていくプロセスもよく似ているようだ。
そこには必ず、渾沌=カオスの状態(時期)がある。
慶應SFCの田中浩也先生によれば、現在の3Dプリンターを取り巻く状況は、80年代初頭パソコンが登場した頃に似ている、という。まだマイコンと呼ばれていた時代である。
パソコン(マイコン)を見て、「すごいものが生まれた!」と叫んだ人と「こんなものを、いったい何に使うんだ」と冷笑した人がいた。
それは、未来の可能性を見通した人と、いまの実利しか見えなかった人の違いでもあった。
田中先生は1975年生まれ。 ITが社会を変えるプロセスを、最も多感な時期にリアルタイムで体験した世代である。もちろん、未来の可能性を信じるタイプである。
「15年に一度、技術と社会は出会う」
田中先生はそう言う。
1980年 工業立国の限界を感じつつあった米国社会は、小型化のマイクロプロセッサーを使って個人用のコンピューターを設計・製作する技術に出会った。
それがパソコンであった。
当時、マイクロソフトやAppleがIBMを凌駕する存在になることを予見した人は何人いただろうか。
1995年 グローバル時代への転換点を迎えていた社会は、TCP/IPを採用したネットワーク群を世界規模で相互接続する技術に出会った。
インターネットとの遭遇であった。
当時、グーグルやTwitter、FacebookといったSNSが世界を席巻することを予言した人は何人いただろうか。
2015年 世界は3Dプリンターという技術に出会っている。
先述のように、技術と社会が出会う時、そこには圧倒的な渾沌がある。渾沌の中に可能性を信じることができる人だけが、新たな社会を切り拓く先導者になる。
ウェブ社会からファブ社会へ
田中先生は新たな世界へのチェンジをそう見通している。
ラテン語で人間をHomo Faber(工作する人)と呼ぶという。自分で道具を作ること、それが人間を人間たらしめてきた特徴である。
ものづくりは人間の本能でもある。
Fab=ファブ社会は、人間が文明化の過程で、分業化という名のもとに切り離してきた「ものづくり本能」を取り戻そうというメッセージが込められているように思う。
これらがファブ社会の特徴である。いずれも従来型のものづくりシステムが苦手としてきた分野である。
誰もが、自分だけの・自分の好みのモノを作ることができる。そのデータを公開することでさらによいものを世界の誰かが作る。
ファブ社会とは、そういう社会である。
田中先生は、慶應SFCでFabシステムの研究をする一方で、社会インフラとしての「Fabラボ」の推進に力を注いでいる。
Fabラボというのは、オープンな市民工房である。黎明期のインターネットカフェのように、興味のある人が集い、備え着けの3Dプリンターやレーザーカッターを使って、自分ならではのものづくりを楽しむことができる場所である。
すでに世界60カ国500ヶ所、日本には12ヶ所のFabラボがある。
FabLab Japan
ひとつの街にひとつのFabラボ
それが、Fabラボの合い言葉だという。
読み書きと同じように、Fabラボを使いこなし、自分だけの逸品を作る能力が、21世紀型の市民リテラシーになることを夢見た壮大な取り組みである。
100年前、フォードシステムは、同一品種大量生産システムのイノベーションを起こした。
これによって、貴族のおもちゃであった自動車が、大衆の移動・運搬ツールに生まれ変わり、20世紀の大消費社会を実現させた。
21世紀に登場したFabシステムは、適合的一品生産システムのイノベーションを起こすのだろうか。だとすれば、消費社会に代わるどんな社会が生まれるのか。
生活者主体、リサイクル、感動 ヒントになるワードは思いつく。新たな社会像が描きだされるのももうすぐかもしれない。
(慶應MCC 城取一成)
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