夕学レポート
2015年06月16日
日本型人事と欧米型人事 海老原嗣生さん
日本人の働き方、日本企業の雇用システムは特殊だ、と言われることがある。
特殊であることは間違いないが、特殊性の理解の仕方が間違っている。
雇用ジャーナリスト海老原嗣生さんの講演を聴いて、そう思った。
欧米の雇用システムについては、(経営側にとって)都合のよい事ばかり語られている。
逆に、日本の雇用システムについては、(経営側にとって)都合の悪い事しか語られていない。
海老原さんは、そう言う。
カッコ内の経営側を労働側にすり替えれば、よいと悪いの組み合わせも変わるであろう。
つまり、いずれにしろ一面だけを見て良し悪しを語っている。
日本企業は解雇が容易に出来ないが、欧米企業は簡単である。
欧米では、業績が悪くなれば解雇ができる。なぜなら人材流動化社会だから。
そんな言説が当たり前のように流布されている。
そんなことはない、と海老原さんは言う。
実は欧米企業、特に欧州の人事管理はそれほど簡単ではない。制度は精緻で、解雇へのプロセスは入念であり、必ず本人の同意を得なければならない。
実際に、多くの日本の外資系企業はその精緻な仕組みを運用できずに苦労する。
その誤解はどこから生まれるのか。
日本と欧米では、雇用のメカニズムと働き方の原理が違う。
メカニズムと原理を変えずに、真似しようとしても上手くいくはずがない。
海老原さんの主張はそういうことだ。
メカニズムの違いとは何か。
欧米は「職務ポスト型雇用システム」である。決められた職務で契約する「ポスト契約」である。
「ポスト契約」は、日本でいうところの(職種・地域)限定型社員とはまったく異なる。
職種限定型社員は、同一職種内での異動(東京での営業→大阪での営業)が出来る。地域限定型社員であれば、同一地域内での異動(仙台の営業→仙台の管理業務)が可能である。
ある枠内の範囲で会社の自由裁量が存すると考えられている。
欧米の「職務ポスト型雇用システム」でいう職務とは、営業職、開発職といった職種ではない。●●地区の□□職務の△△職位という、ユニークなポストで働くことを前提とした雇用契約である。
従って、ウエ・ヨコ・ナナメの異動はできない。昇進する場合は新たな「ポスト」での契約を結び直すことになる。
日本企業では、人事異動の季節になると、人事部は「玉突き表」とにらめっこをする。
人事異動における人の流れを示す矢印表である。○○の異動に伴い抜けた穴を□□の異動で埋める、□□の穴は、△△で...というふうに、玉突き式で人員配置図を作るための虎の巻が「玉突き表」である。
欧米の「職務ポスト型雇用システム」では、これが出来ない。
あくまでも「ポスト契約」の原理なので、人事主導でポストの異動や付け替えができない。大幅な人事異動は至難の業となる。
従って、時間をかけてサクセッションプランを作り、毎年メンテナンスをして、いざという時に、誰にポスト応募の声掛けをするかを計画しておかなければならない。そのために人事も、現場のマネジャーも膨大に労力を割いている。
メカニズムの違いは、働く人の仕事観の違いと相似形である。
海老原さんによれば、日本人は、会社という「大きな袋」に入る。袋のなかで守られる代償として、会社からどう扱われようとそれを受け入れなければならない。
欧米人は、会社とポストをめぐる契約でのみ繋がる。ポストが変わるということは契約を結び直すということである。その時、会社を変える選択肢はあるが、会社が他の人を選ぶ可能性もある。
どちらにも良し悪しがあるが、長期的に人を育てることを是とするならば、明らかに日本型に分がある。
会社という「大きな袋」の中で、その人のレベルに合わせて少しずつ難易度を上げて仕事が与えられ、眼前の仕事を一生懸命やっていれば自ずと成長できる。働く人が、あれこれ先のことを考えなくても成長できる、という意味では効率的である。
仕事そのものが動機づけ要因となり、仕事を通じて成長することで会社と個人がwin-winになる仕組みが日本型人事である。
日本は社長と新入社員の給与差が少ないと言われているが、それはともに「大きな袋」の中で働く同士であることの裏返しでもある。
欧米では、成長するためには、自己責任で次のポストに向けた準備をする必要がある。自分でキャリアを磨かねばならない。
人材マーケットには、次のポストを狙って虎視眈々と爪を研いでいる人材がプールされている。有能で高いポストを担える人材を採用しようと思えば、おのずとコストは高くなる。
欧州のように、格差社会を前提にしたポスト身分制になることもある。
さて、問題はこれからどうするかということだ。
日本型人事は安定的成長時代には無類の強さを発揮するが、大きな変化に適合しにくい。
欧米型人事は、変革にシステマティックに適応することができる替わりに、安定期にはコスト高で手間ひまがかかる。
90年代以降、日本の人事制度は紆余曲折を経て、ハイブリッド型人事へと収斂されつつあるようだ。日本型人事を基本にしつつ、一部で欧米型人事を取り入れようという目論見である。
しかし、どこで融合できるのか、着地点が見えていない。
企業側はもっと変化適合型にしたいという思惑を前面にだしている。
労働者側に立つ人は、既得権益を守ることに汲々としている。
多くの働く人々は、「成長は自己責任」という掛け声と、「仕事を通じての成長」という理念の狭間で、迷いながら働いている。
三者に必要なことは、日本型と欧米型それぞれのメカニズムと原理を理解することであろう。そのうえで、メカニズムと原理を尊重した結節点を作るしかない。それは法律(政治)が決めることでも、学者やコンサルタントが決めることでもなく、日本の人事が決めることではないだろうか。
(慶應MCC 城取一成)
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