KEIO MCC

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夕学レポート

2015年07月09日

伊藤元重教授に聴く、「国際経済と日本の課題」

motoshige_itou.jpg講演の前日(2015年7月6日)、ギリシャではEU等が提案した財政緊縮策への国民投票が行われ、接戦になるとの予想に反し反対票が6割を占めた。ギリシャがユーロ圏を離脱する可能性が刻々と高まる中、伊藤教授の講義は、前回(2010~2012年)のギリシャ経済危機と今回の違いに関する解説から始まった。


前回の危機が、同様に財政の悪化していたスペインやポルトガル、アイルランドにも波及することが懸念されていたのに対し、今回の危機は今のところギリシャ一国に限定されている。それはこの間の、各国の財政健全化に向けた歩みの差であるかも知れない。言い換えればギリシャは、他国に比べて明らかに放漫な財政運営を続けてきた。
仮にここで、ドイツをはじめとする欧州主要国がギリシャに対し甘い姿勢を示せば、他国の財政規律まで再び緩みかねない。その意味でも欧州はギリシャに対し、「ユーロ圏離脱」というシナリオを含めた厳しい態度を取らざるを得ない。今後の見通しは不透明だが、ギリシャが経済的・政治的・社会的混乱に陥る可能性は以前より高まったと言える。
そして、仮にギリシャが今回の危機を克服しても、統一通貨ユーロで結びついている限り欧州は、同様の危機を繰り返す可能性を潜在的に孕んでいる。
日本の場合、仮に国債金利が上昇すれば、日銀は間違いなく防衛策を発動する。米国でも、金利が上昇すれば同様に、連邦準備制度理事会(FRB)が自国の国債を買うだろう。しかし欧州では、ギリシャ国債の金利がスルスルと上がった前回危機において、欧州中央銀行(ECB)は各国の政治的思惑に翻弄されて即座に介入できなかった。結局、危機は、ドラギ総裁が無制限の介入を約束するまで続いたが、これこそがユーロという共通通貨制度が内包する制度的欠陥のひとつであり、その構造は今も何ら変わっていない。
生産性の成長率の高いドイツのような国と、生産性の成長率の低いギリシャのような国。以前のように異なる通貨を用いていれば、両国の経済力の差はマルクとドラクマの為替レートの差で調整される。しかしユーロを使う限り、その調整は、例えば両国民に支給されるユーロの多寡(つまり賃金の高低)で調整されるしかない。もちろんこれは理論的説明であり、現実にはそのような理由での賃下げをギリシャ国民は受け容れられない。そして今日のような状態に至った。
ここで伊藤教授は遠いギリシャの話を、いきなり身近な日本の話に引き寄せて展開された。そのベースとなるのは、「フラクタル」概念の提唱者でもあるブノワ・マンデルブロが説いた「最適化範囲」という考え方だ。
東京都で「円」が流通する中で、千葉県が独自通貨を使ったらどうなるか。都内で働く千葉県民は相当不便を被るだろう。ここは同じ「円」を使うほうがいい。でもそれが北海道ならどうか。東京都を含む首都圏や本州と北海道では、明らかに生産性が違う(それは例えば大規模製造業の数の違いに現れる)。なのに同じ「円」を使うから、結局は生産性の高い地域からの別途の資金流入(つまり税の交付)ではじめてバランスがとられている。経済の実態を考えれば北海道は独自通貨を導入してもおかしくないし、その方がメリットがある可能性がある。
この後、伊藤教授の講義は、米国・新興国(BRICs)・中国などの現状と展望を物凄い駆け足(早口)で俯瞰していった。これを詳述する紙幅はないので、詳しくは教授の著書『日本経済を「見通す」力』(光文社新書)を参照してほしい。同書は、伊藤教授が慶應MCCで昨秋、5回に分けて語ったセミナーの内容をまとめたものであり、今回の講演で取り上げられた話題が多く含まれた本でもある。
さて、演題に沿って行けば、「国際経済」に続いては「日本の課題」である。
グローバル化が叫ばれて久しい。人やモノの動きはいまや国境を易々と超えていく。しかし「グローバル化と呼ばれる現象に対し、グローブ(地球)は大きすぎる」というのが伊藤教授の論だ。そこで重要になってくるのは地域という単位。
ここで「貿易のグラビティモデル」なるものが登場する。
万有引力の法則は「あらゆるものは互いに引き合う。その力は質量の積に比例し距離の二乗に反比例する」というものである。この法則が、国家間の貿易にも当てはまることを証明したのが、第一回ノーベル経済学賞の受賞者、オランダ人のヤン・ティンバーゲンである。二国間の貿易量は、両国の経済規模と地理的距離で説明できる。その説に照らせば、欧州の中心で多数の国に近接するドイツがGDPの約35%の貿易量を誇るのに対し、島国でかつ大国から距離のあった日本が約15%しかないのも納得がいく。
二つの変数のうち、国家間の距離というのは、ほぼ変わることがない。変わるのは経済規模だ。今、アジア各国はどんどん成長しており、そのことが日本の貿易モデルを旧来とは違った姿に変えつつある。高品質な製品の輸入先として、あるいは魅力的な海外旅行先として、アジアの目は日本に注がれている。中国、タイ、マレーシアといった国々に続き、インドネシア、ベトナム、ミャンマーといった国々が経済発展を遂げつつある中、そこで生まれる中間所得層が、今後の日本の成長の源泉となりうる。
日本が採るべき経済政策の順序。
まずデフレからの脱却。2020年にプライマリーバランスの黒字化。次にディマンドサイドからの政策。最後にサプライサイドからの政策。これらによって長期的に債務を減らしていく。消費増税や歳出削減だけではだめで、穏やかなインフレが必要になる。アベノミクスの効果とともに、日本がこの方向に進んでいることをしっかりと見極めていかないといけない。
自らがシュリンクしつつある今、成長しつつあるアジア各国とのグラビティを、確かめ、手繰り寄せていく。そこにこそ日本の生き残る道がある。

白澤健志

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