KEIO MCC

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夕学レポート

2015年12月01日

野田稔塾長に聴く、「末広がりのキャリア」の創り方

photo_instructor_801.jpg演題は「組織人材から”社会人材”へ」。
今回が三回目の夕学となる野田稔氏だが、その肩書は登壇のたびに変わっている。
初回は大学教授、二回目はコンサルティング会社の代表、そして今回は「一般社団法人 社会人材学舎」の塾長。
「転職を繰り返すダメなジョブホッパーなのか、それとも自らキャリアを開発してきたモデルケースなのか…」
そう言って自らとぼけてみせた野田塾長だが、もちろん後者に違いない。それも、自らのキャリアだけでなく、ミドルやシニアのキャリア開発を支援する立場でこの社会に有為な人材を多数輩出させている、という意味では、モデルどころかパイロットケースかもしれない。


平均寿命が60前後だった1950年、企業の定年は55歳で、余生はせいぜい10年だった。今、定年は60歳に延び、雇用延長で65歳まで働くことも珍しくなくなったが、一方で平均寿命は80歳を超え、余生は20年の時代になった。この長い余生をどう過ごすか。
60歳になる前日に、さてどうしよう、と案じ始めるのでは遅すぎる。
セカンドキャリアの構築は、遅くとも40代から準備すべきだ。そう考えた野田塾長が伊藤真塾長と創ったのが、社会人材学舎である。二人の共著、『あなたは、今の仕事をするためだけに生まれてきたのですか 48歳からはじめるセカンドキャリア読本』という本のタイトルの通り、二人は塾の活動を通じて400人を超えるビジネスパーソンのセカンドキャリア構築を支援してきた。
「人は、生涯を通じてその能力を発揮し社会に価値を生み出し続ける存在である」
これが、社会人材学舎の掲げる基本的信念である。
この信念に基づけば、「キャリア」は「仕事を通じて志を実現する成長プロセス」と定義される。過去に成し遂げたことよりも未来に成すべきことに焦点を当てた、「キャリア=自己成長」という概念の先には、「末広がりのキャリア」という視界が開けてくる。
自己の成長を促すのは周囲からの期待である。逆に、周囲の期待を自ら引き出し続けることが、自己が継続的に成長する原動力となる。
だが、周囲から期待されるものは、年代によって異なる。
だから人は、その年代にふさわしい立ち位置に自らを置くと同時に、常に、次に求められる場所へと移動していかねばならない。
野田塾長が提示した、年代別に求められることと、言われたい言葉。

  • 新入社員:「型を身につける」。”○○さんも、うちの人らしくなったね”
  • 20代:「自己ブランドの構築」。”○○さんって、優秀だね”
  • 30代:「旗印を掲げる」。”△△なら○○さんだね”
  • 40代:「出世の十年」。”□□社に○○さんあり”
  • 50代:「組織での仕上げと世代継承」。”○○さんが、◎◎を始めたんだって!”
  • そしてシニアシティズン:「さまざまなかたちでの社会貢献」

20代は、言われた仕事がきちんとできていれば優秀とされる。だが、そこで勘違いすると30代になって「意外と伸びない」人材で終わってしまう。
30代では、組織への具体的な貢献イメージが、自他ともに描ける存在になっていないといけない。そのために、それを裏書きする実力を、勉強によって身につけておく必要がある。
40代は、キャリアを末広がりにできるかどうかの大きな分水嶺である。
ここで言及されている「出世」は、役職的な意味ではなく、仏教用語としての「出世(間)」。即ち、「俗世を離れて悟りに至る」、「世に現れて衆生を救う」ということである。
会社の枠を越えて世の中に価値を生み出す、会社の外からも顔の見える存在になるには、社内外の人を巻き込み協力を得て事を成す、リーダーシップとマネジメント力が不可欠となる。
50代は、組織人としての総仕上げの時期。社内では次世代への継承を進めつつ、社外でも兼業やボランティア活動などに踏み出すべき時期である。社外の世界を持つことで、今の仕事に執着しなくてすむようになる。
そして組織を離れシニアシティズンとなる時点で、組織でなく社会における立ち位置が確立されているのが理想である。自らが成すべきことを把握し、そのために自らが身につけてきた高度な能力を惜しみなく発揮し、社会に対して価値を生み出している状態。
生涯を通した能力発揮が、余生二十年時代の、社会人材としての輝く生き方である。
「社会人材」を、社会人材学舎では次のように定義している。
「世の中を良くするために、自分の能力を余すことなく使い、そのことに、何よりも幸せを感じる人材」
だから、考え方ひとつで、誰もが社会人材になりうる。
では、期待される社会人材になるにはどうしたらいいのか。
野田塾長は五つの処方箋を提示する。

  1. 自らのキャリアを戦略的に捉える
  2. 自分のCanを知りそれを活かす
  3. 新たに学ぶ習慣を身に着ける
  4. “楽観力”を鍛える
  5. 今の会社で働くことの意味を再確認する

このうち、2.のCanについて。
自分が本当にやりたいことを見つけるのは、実は、大変難しい。
社会人材学舎のプログラムで使うツールの一つに、Will、Can、Mustのフレームワークがある。
自分が、したいこと(Will)、できること(Can)、しなければいけないこと(Must)、を三つの円で表現する。教科書的にはの三原色の図のように同じ大きさの円が重なり合いながら描かれることが多い。
理想的には、WillとCanが大きくかつ重なり、Mustは小さいのがよい。
でも現実は、大きなMustに引きずられ、仕事スキルのCanがかろうじてそれに重なり、Willはどこか遠いところに小さく浮かんでいる…。
一歩でも理想に近づけるにはどうすればよいか。
最初にCanの棚卸をする。次にMustの縮小を図る。そしてWillを発見する。
Canを「原点can」と「大人CAN」に分けて考える。
前者は、子供の頃などに熱中した、喜びを持って夢中になれること。
後者は、社会人になってから身に着けた、技能や能力。
まずはそれぞれを要素分解する。職業「新聞記者」の大人CANであれば、「相手が言いたくないことを引き出す力」というのが要素のひとつとなる。こんな要素をいくつも書き出す。そして原点canと大人CANを組み合わせて、新たな職業の可能性を考え出す。
すると、あるテレビマンの場合、「大学の進路指導担当教員」という思いがけない職業が案出されたという。思いがけなかったが、実は、このテレビマンは若い頃、教師になりたかったのだ(原点のcan)。そして今、彼は、嬉々として大学教員の職をこなしているという。
実際に自分のcan/CANを 要素分解して書き出してみると、誰もが大きな可能性を秘めていることがわかる。それを見えなくしてしまっているのは、他ならぬ自分自身である。
自分は、つい、自分に「これしかできない」とラベリングしてしまいがち。
だから、せっかく要素分解をしても、自分で組み合わせると「元の仕事」に戻ってしまう。
そこで、トライアングルワークという手法がとられる。三人一組で相互の要素を観察し、指摘しあい、掘り下げていく。他者の目を借り、他人に組み合わせてもらうことで、新しい可能性がどんどん出てくる、という。
このようなワークを通して「自分の枠を自分で壊す」経験をすると、本人が想像もしなかった次の仕事を紹介されても、拒否反応を示さなくなる。その気持ちが採用側にも伝わるので、再就職の可能性が高まる。
このように、中高年の転職は、自分の可能性を広げながら相手の会社にどんな貢献ができるかを双方でジョブクリエイトしていくものである、というのが野田塾長の持論である。
ある研究によれば、「運がいい人」というのは、確率論的に幸運が多くふりかかってくるのではない。幸運も不幸も、同じようにそれぞれの身に降り注ぐ。
しかし、あるタイプの人は、気持ちが大らかで、視野が広く、周囲で起きていることに気付きやすい。だから、適切な行動でチャンスをものにしたり危機を回避したりする確率が高まる。そのような人たちは、自らのことを「運がいい」と言う。
では、本当に運のない人はどうするか。
松下幸之助氏は、「運がなければ、徳を積みなさい」と言ったという。
徳とは、その時できる最善を他に尽くすこと。
「キャリアとは、みんなと一緒に徳を積んでいくことではないか。」
まさにその徳の、ひとつの在り方を示してくれた、当夜の野田塾長の佇まいであった。

白澤健志

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