夕学レポート
2016年11月07日
宇宙生命は存在する、たぶん 渡部潤一さん
夕学五十講は10回以上聴講しているが、講演の数日前からワクワクしたのは初めてだ。
ワクワクの理由はなんといっても「宇宙生命は存在するか」という本講演のテーマ。
テレビ番組の「宇宙人」特集に親しみ、友達のUFO目撃証言に興味津々な子供時代を過ごした私にとって、地球外生命は長いあいだ畏怖の対象であり、友達であり、フィクションでありノンフィクションだった。いるのか、いないのかーーいよいよその答えが出るかもしれないのだ。ワクワクしないわけにはいかない。
分からないからおもしろい
講演は、2013年にロシアのチェリャビンスク州に隕石が落下したときの、緊迫感ある映像からはじまった。空を切り裂く隕石、落下の衝撃波で割れるガラスの様子など、いま見ても恐ろしい光景だが、この隕石落下事故は世界中の天文学者の誰も予測しない出来事だった。
その一方で、この事故の翌日に小惑星が地球に接近することは予測されていた。
講師の渡部潤一さんは、この小惑星接近に関して事前にニュース番組の取材を受けていた。ところがロシアの隕石落下事故が起こったため、そちらについても急きょインタビューが組まれた。緊急事態ゆえ、カメラに映る渡部さんは普段着姿だ。実際のテレビ画面をスクリーンに映しつつ、「30分のニュース番組に同じ人物が2度、それも衣装を変えて出演したのは相当めずらしいことだそうです」と話して会場をドッとわかせた。
そう。テーマもさることながら、渡部さんのお話は大層おもしろい。映像を交えたりちょっと自虐的なネタを挟んだりして、客席を飽きさせないのだ。講演がはじまって20分ほどで、会場全体が渡部さんのペースに心地良く巻き込まれていくのが分かる。
話を戻そう。
チェリャビンスク州の隕石落下に続き、2013年にはもう1つ大きな天文ニュースがあった。アイソン彗星の接近だ。「大彗星あらわる!」と銘打ってたくさんの観覧ツアーが組まれ、書籍が出版され、テレビ番組が制作されたそうだが、肝心のアイソン彗星は太陽に接近したタイミングで消滅してしまった。多くの研究者、もちろん渡部さん自身も「絶対に消滅しない」と太鼓判を押していたにもかかわらず、だ。
このエピソードもユーモアたっぷりに語られたが、ここで渡部さんが言いたいのは「だからこそ天文学はおもしろい」ということだ。
天文学は日々進化していて、日の入り、日の出、日食、月食は分単位どころか秒単位で予想できるようになった。が、2013年の例のように予測できないことがあったり、いまだ解明できない現象がある。
「そういうところがおもしろい、すごくおもしろい」とくり返し話していたのが印象的だった。
いつ”答え”が出てもおかしくない状況
ここまで読んで、「それで、宇宙生命はいるの? いないの?」とイライラしている方がいるかもしれないので、先に書いてしまおう。
世界中の天文学者が、近い将来、「いる」という答えが出ることを確信しているそうだ。
なんと講演開始からわずか30分で、渡部さんの口からさらっと結論が出てしまった!
そしてここから先は、そう結論づけるにいたる理由についての解説が続くのだが、私にとっては初めて知る話ばかりで、興奮しっぱなしの60分だった。
手元のメモからいくつか書き起こしてみよう。もし知らない話があれば、私と一緒に驚いていただきたい。
タンパク質の構成物質
生命をはぐくむ材料であるタンパク質。これを構成するアミノ酸は、酸素、窒素、炭素、水素からできている。
このうち水素は最初から宇宙に存在しているのだが、他の元素たちは星の中で核融合が起こることで生まれる。やがて星の寿命が尽き、超新星爆発が起こることでそれらの物質は宇宙にばらまかれる。
つまり、我々の体を構成するのは星からできた物質なのだ。なんとロマンチックな話だろう。
ちなみに、宇宙空間でも合成はおこなわれている。観測の結果、アミノ酸の一歩手前であるグリコートアルデヒドという物質が宇宙にたくさん浮いていることが分かっているそうだ。生命の材料が宇宙に満ちているのなら、どこで生命が生まれても不思議はない。
水をたたえた星の数
生命の発生には、水の存在が不可欠だ。
星の表面の水が蒸発するでもなく凍り付くでもなく、恒星の熱をほどよく享受できる範囲をハビタブルゾーンと呼ぶのだが、銀河系でハビタブルゾーンに存在する星は少なく見積もって1億個ある、と考えられている。1億!1億ですよ!「星の数ほど」のたとえは決してオーバーではない。1億あれば、そのうち1つや2つで生命が育まれていても全くおかしくない。
90年代後半には、太陽のハビタブルゾーンから外れた木星の衛星エウロパ、土星の衛星エンケラドゥスに「地下の海」があるらしいことが分かっている。星の表面に間欠泉が吹き出しているので、この噴出物を調べたら、生命の痕跡がみつかるかもしれないそうだ。
アイボール・アース
近年の研究によると、「アイボール・アース」は生命が存在する可能性がもっとも高い星と考えられている。この星は「赤色わい星」と呼ばれる暗く低温の星の周りをまわっている、地球と同等サイズの岩石惑星の総称だ。
アイボール・アースでは、赤色わい星に面した部分は常に昼で水をたたえた世界、それ以外は常に夜で氷の世界が広がっているのだが、気候は比較的温暖だと考えられている。渡部さんは、「もしアイボール・アースの住人が地球を観測したら、『あんなにひんぱんに昼夜が入れ替わる星によく住めるな』と言うかもしれない」と話して会場を笑わせていたが、なるほど、見方を変えればそういうことになるのだろう。
現在、次世代大型望遠鏡TMT(Thirty Meter Telescope)を5ヶ国共同で建設中とのことで、完成が予定されている2020年代後半にはアイボール・アースを含め、誰も見たことのない世界を見ることができるようになるはずだ。
天文学者は楽観的
渡部さんが語る天文学者、そして私たちの文明についてのお話が興味深かった。
「文明を持つ宇宙生命がいるのだろうか」という問いに対し、明言は避けつつも「天文学者は楽観的です」と答えていたが、つまり天文学者のなかでは「いる」という意見が一般的なのだろう。なぜ天文学者が楽観的なのか。これは、天文学が「ここだけが特別ではない」ことを証明する学問だということに起因する。
ここで起こっていることは、あちこちで起こっている可能性がある。ごく当たり前のことだ。
渡部さんは、「地球人は赤ん坊」と言う。赤ん坊は世界に自分ひとりしかいないと思っているが、やがてそうではないことを知り、自分が one of them であると認識してはじめて大人になる。人類は、まだまだ幼く、未熟な技術と思想で失敗をくり返している段階だ。ご自身が福島出身であると告げたあとで福島の原発事故を「失敗」の例に出していたが、渡部さんの複雑な胸の内を垣間見た気がした。
発展途上でありながらごう慢で、仲間同士での無益な殺りくを止められない未熟な地球人は、宇宙生命の存在が明らかになったときに初めて、大人への一歩を踏み出せるのかもしれない。
それにしても、渡部さんのお話の魅力はご自身の大らかな人間性が少なからず影響しているように思う。等身大で自然な語り口は、”宇宙”という大きな大きな研究対象と日々接していることと無関係ではないだろう。ユーモアもたっぷりで、ワクワク感と笑いに包まれた大変満足度の高い講演だった。
(千貫りこ)
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