KEIO MCC

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夕学レポート

2016年11月21日

小川和久氏に聴く、「国際水準から見た日本の危機管理」

photo_instructor_843.jpg「外交・安全保障・危機管理、この三つは日本の数少ない苦手分野。四方を海に囲まれ、海に守られてきたこの国は、危機に遭遇した経験に乏しい。なのに、その自覚すら不足しているため、ともすれば国内でのみ通用するレベルの危機管理で自己満足しがちである。私が演題にわざわざ『国際水準』と謳ったのは、国際水準をクリアしていなければ、それは危機管理とは言えないからだ」
そう喝破して、小川和久氏は、目覚めの冷水を会場に浴びせながら90分間のマシンガン・トークの口火を切った。


その日本で、もっとも国際水準に近い組織はなにか。
「それは自衛隊である」
小川氏が、三十年以上のキャリアを誇る日本最初の軍事アナリストであり、若き日には陸上自衛隊の生徒でもあったという経歴の持ち主と知れば、自衛隊を称揚するその断定は我田引水的に響くかもしれない。しかし例えば東日本大震災の直後にもっとも組織力を発揮できた組織が何だったか、あらためて自問して見れば、やはりそれは自衛隊だったと思い当たる。
いや消防も、海上保安庁も、あの災害でその見事な組織力を発揮したではないか。そのような疑問を先取りする形で、実はこれらの組織とも大なり小なり関わりを持つ小川氏は言う。「消防も海保も、現場に臨む第一線には一定の力がある。が、官僚組織として全体を見た場合には国際水準に及ばない」。
なぜ自衛隊なのか。
まず、「日米共同訓練によって常にレベルが向上している」こと。日常的に他流試合で磨かれている、言い換えれば「国際水準」を肌で知ることが、組織を年々強くしている(それに比べれば海保などの海外とのかかわりは国際親善レベルにとどまる、という)。
次に、自衛隊が「不意打ちに耐えられる」強靭な組織であること。戦争では奇襲攻撃は常道である。不意を衝かれた場合でも、指揮官はなすべきことを瞬時に判断しなければならない。情報も計画もないところでも、その時に保有している能力で正しい意思決定をしない限り、なすすべもなく敗れる。
その力を涵養するための象徴的な訓練として、自衛隊の指揮官たちが若手幹部(将校)時代に経験するものに「決心」がある。戦闘現場に指揮官として立っている場面を想定し、教官役の統裁官から言葉で矢継ぎ早に投げかけられる状況(例えば、「小川中隊長、三時の方向に戦車4台と歩兵多数、決心!」)に対し、瞬時に彼我の情勢を判断し逃げるにせよ戦うにせよ対応方針を決定し迅速に麾下の部隊に指示を出す訓練である。訓練を通じて無数の「決心」を繰り返す中で、不意の事象に対する指揮官の意志決定力が日々鍛錬されていくというわけである。
「平時の○○、有事の△△」という言い方があるが、危機管理とはまさに「有事」である。それに対し、典型的な平時型の組織である行政機構や一般企業が、そのままで危機管理をしようとしても無理がある。自衛隊のような、第一線から後方までの全体が有事型で構成されている組織に学びながら、普段は平時型でも緊急時には有事型に転換できるような準備や訓練を積むべきである、と小川氏は説く。
そのための「準備」と「訓練」について、小川氏の著書『危機管理の死角 狙われる企業、安全な企業』(東洋経済新報社)も参照しながら以下に詳述したい。(手本となるのは自衛隊のそれであるが、以下では一般企業での応用を想定し、筆者(白澤)の知見も若干加えて記述する。)
小川氏曰く、「まず、過去の危機に備えよ」。
・過去に起きた代表的な危機を大まかに分類しそれぞれ代表的なケースを選び出す
・それぞれが目の前で発生したと考え、どのような対応が望ましいかを書き出す
・さらに、解決や克服に必要な時間はどのくらいが望ましいか、時系列に整理する
・時系列をもとに危機ごとの対処シナリオを作成し、その通り動けるか図上演習を行う
・演習結果を受け、組織・人事・システム・装備品の導入など必要な対応を実施する
・再度図上演習をおこない、対応の妥当性を確認する
ここで出てきた「図上演習」を含む、三種の演習についても記したい。
まず「図上演習」TTX(Table Top Exercise)。危機管理担当部署に対し年4回程度実施するこの演習では、自社に影響を及ぼす災害や事故・事件について演習コントローラーが参加者に次々に新たな状況を与えていく(先述の「決心」に近い)。あくまで「図上」であり、主たるやりとりは会場となる会議室の中でおこなわれるが、これだけでも参加者の能力は面白いほど把握できる。これを通じて自社の対応能力をチェックし、そこから問題点の発見とその解決に取り組む。
次に「指揮所演習」CPX(Command Post Exercise)。危機管理担当部署に加え経営トップも参加して年2回程度実施するこの演習は、企業の規模にもよるが、3~10日間にわたって行われる。実際の緊急事態を想定して社内の応急的な設備を使い、仮眠までもする。
最後に「実動演習」FTX(Field Training Exercise)。事業本部や生産拠点単位、可能であれば全社を挙げて年1回行うこの演習では、災害・事故・事件への自社の総合的な対応能力を検証する。
この一連の流れを繰り返すことが、自社の危機管理への取り組みを国際水準に照らしてチェックし、自社の危機管理能力を向上させていく営みの基本となる。
講演で小川氏が披歴してくださった話題や課題は、米軍の戦略コンセプトであるNCW(Network Centric Warfare、「ネットワーク中心の戦い」)や、ネットワーク・セキュリティの充実を通じた総合的なセキュリティ強化の勧めなど、非常に広汎に及んだ。
が、耳目を集めやすいそれらの話をただ聞き流すだけでは何もならない。
「日本の致命的な脆弱性は、『NATO体質』(No Action, Talk Only)」。
その小川氏の警句を糧にして、私たち一般人が、有事への具体的で実践的な備えを一歩でも二歩でも推し進めることが、オリンピック・パラリンピックを間近に控えたこの国をテロなどの脅威から守るための堅固な土塁となる。
「必要な準備と訓練を重ねるという、『当たり前』のことを愚直に進めるのが危機管理」。
そして、
「安全を確かなものにしてこそ繁栄がある」。
その小川氏の言に会場全体が大きく首肯して、この夜の話は終わった。
しかし私の耳には、小川氏が直接は言わなかった投げかけの言葉が、最後に聞こえたような気がした。
『この国のセキュリティを高めるため、お前に何ができるか?決心!』
ひょっととしてあなたの耳にも、聴こえただろうか。
(白澤健志)

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