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高橋 郁夫「マーケティング情報から顧客を「読み・解く」」

2003年04月08日

高橋 郁夫
慶應義塾大学商学部教授

高橋郁夫 慶應義塾大学商学部教授

価格を下げてもなかなか顧客が集まらないとか、満足していたはずの顧客が他社製品に簡単にスイッチしてしまうというような話や、反対に、思いもよらないきっかけで製品が売れ始めたという話をしばしば耳にすることがある。顧客を読むことの難しさは言うまでもないが、分からないから何もしないのと、分かろうと努力するのとでは、長い目で見れば大きな経営力の差となって表れてくるはずである。

野球を例にとって考えてみよう。プロ野球の投手は一塁ランナーを背負ったとき、当然、そのランナーが盗塁するかどうか様々な情報を頼りに「読み解こう」とするはずである。データ野球が言われる昨今であるから、投手は事前にコーチから示されていた過去のデータからそのランナーが何球目に走るかについて予想するかもしれない。また、実際に一塁ベース上にいるランナーの挙動や三塁コーチからランナーに出されるサインを観察して判断するかもしれない。あるいは、得点差、次の打者の打率、アウトカウントなどの状況とそれに沿った野球理論から考えて、そのランナーが走る可能性を探るかもしれない。

もちろん筆者はプロ野球選手ではないので正確な気持ちを把握しているわけではないが、おそらく、牽制球の上手な投手ほど、これらの方法を総合的に用いながら対処しているはずである。もし、盗塁するかどうかの予測が困難だという理由で投手が何もしなければ、ランナーは易々と次の塁を陥れ、場合によってはそれが勝敗を左右することになるであろう。

これを経営に置き換えれば、顧客および消費者一般の理解と変化の予測を怠る企業は、長期的に見れば衰退すると考えられる。なぜなら、市場によって企業が生かされている以上、その変化を読み解くことによって新しい事業を立ち上げたり、既存事業を見直したりすることが常に求められるからである。時代の変化がスピードアップした現在、中長期的な戦略は無意味であると主張する企業人もいるようであるが、企業の中心的基盤である顧客や潜在市場の理解に基づく中長期的戦略ビジョンがあってこそ、消費者、取引企業、株主、さらにはそこで働く社員の目に魅力的な企業として映るはずである。

それでは、顧客を読み解くためには、どのようなマーケティング・データを入手・分析して、有用なマーケティング情報に変換していけばよいのであろうか。顧客や消費者に関するマーケティング・データは様々である。例えば、販売実績データや、顧客から消費者窓口などに寄せられた電話やメールによるテキスト・データなど、社内に蓄積されているデータがまず考えられる。これらのデータから情報を読み取るためのデータ・マイニングやテキスト・マイニングの手法も進化しつつある。

また、顧客や潜在顧客などに対してアンケート調査を実施してデータを入手することがある。そこでは、それぞれの回答が基本的には数値として記録され、それに続く統計解析によって企業の意思決定に役立つ情報に変換される。さらには、観察、実験、ヒアリングなどの方法によって情報を得ることも可能である。

しかし、消費者を理解するには消費者にだけ着目していればよいというわけではない。マーケティング理論が示唆するところによれば、売手と買手の行動は、両者を取り巻くマーケティング環境によっても規定されている。したがって、市場を総合的に理解するには、広く社会経済一般の動向を、各種指標(景気動向、消費動向、人口動態、広告支出等)から読み取るとともに、その変化が企業のマーケティング活動や消費者心理に及ぼす影響について考えてみる必要もある。

さらに、顧客の意識や行動の本質を理解するには、上述のような定量的ないしは定性的データを、有用な情報や知識に変換するための方法とその背後にある理論についての知識が必要となる。特に、市場や企業の行動を説明・予測するために構築されてきたマーケティングや消費者行動の基本理論に関する知識は、これからの企業を支える人材にとって必須のものと言えよう。

このような発想のもと、MCCでは6回シリーズで「マーケティング情報から顧客を『読み・解く』-顧客理解のためのマーケティング・アプローチ」という講座が開設されており、慶應義塾大学商学部清水猛教授と共にこれを担当している。不確実な時代にあって、顧客を総合的に理解するために少しでも確実な方法論を紹介できればと考えている。また、そのスキルが身につくよう、毎回、様々なデータや具体的事例に関する資料を提供し、各自が分析や解釈を行うケース・メソッドも取り入れている。レクチャーによる知識の習得と、受講者による発表と活発な議論とがあいまって、マーケティング科学の視点と顧客の目線とを併せ持つビジネス・エリートの養成に寄与することを本講座は目指している。加えて、この講座を縁に、担当者と受講者のみならず受講者同士の交流が図られ、相互啓発の関係が将来にわたって継続されていくことも密かに期待している。

(『月刊丸の内』12月号より)

高橋 郁夫(たかはし・いくお)
  • 慶應義塾大学商学部教授

慶應義塾大学商学部卒業。慶應義塾大学大学院商学研究科修士課程・博士課程修了。国際ロータリー財団奨学生としてノースウェスタン大学大学院に、訪問研究員としてコンコーディア大学(カナダ)、ワシントン大学(アメリカ)に留学。専門は、流通論、マーケティング論、消費者行動論。著書に、『消費者購買行動-小売マーケティングへの写像』(千倉書房)などがある。

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