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田村 次朗「最高のネゴシエーターとは? 書籍で学ぶ交渉学」

2003年05月13日

田村 次朗
慶應義塾大学法学部教授

最近、「論理的思考」や「交渉学」に関する多くの書籍が書店をにぎわしている。大きな書店では、コーナーが設けられたりして、なかなかの売れ行きのようである。ただし、残念なことに、「論理的思考」や「交渉学」の書籍の中には、ブームに乗じた単なる「便乗本」のたぐいも少なくない。そのような中で、本当に役に立つ本を選び出すことはなかなか難しいのである。それに、私たちは忙しい。膨大な論理パズルを長時間かけて解答している暇はないし、抽象的に交渉学の本を読んでみてもなかなか実践に結びつかないのが現実である。そこで、論理的思考や交渉学を学習したいという方のために、簡単にその全体像を紹介してみたい。


ところで、論理的な思考を妨げるものは何だろうか。その代表例は、先入観、感情そして、思考停止の3つである。おそらく、多くの方にとって先入観や感情が論理的思考を妨げることは直感的に理解できるだろう。では、思考停止とは何だろうか。例えば、イラクと聞けば「悪の枢軸」と答えてしまう場合は、かなり思考停止に近い状態といえる。すなわち、無批判に世間の「常識」や報道を受け入れて、安易に結論を出してしまう姿勢が思考停止という習慣なのである。そして、論理的思考を修得するためには、意識的にこの悪い習慣をやめるためのトレーニングが必要になる。

そのための参考書として、照屋華子・岡田恵子『ロジカル・シンキング 論理的な思考と構成のスキル』(東洋経済新報社)そして、グロービスマネジメントインスティテュート編『MBAクリティカル・シンキング』(ダイヤモンド社)が入門書としては最適であろう。また、野崎昭弘『詭弁論理学』(中公新書)や、斉藤嘉則『問題解決プロフェッショナル』(ダイヤモンド社)もぜひ一読をおすすめしたい。なお、野矢茂樹『論理トレーニング101題』(産業図書)は、論理トレーニング問題集として大人が挑戦するのに最適な一冊である。

次に、論理的思考力のもう一つの側面として、相手の行動や自分の行動の結果を読みとっていく能力が必要になる。このような能力を鍛えるためには、ゲーム理論を修得するのが一番の近道であるといえる。ゲーム理論といえば、昨年公開され話題となった映画「ビューティフル・マインド」の主人公、ジョン・ナッシュをご記憶の方も多いだろう。ちなみに、このゲーム理論、最近では、あらゆる学問領域に応用されている。そしてその波は法律の世界にも押し寄せてきており、私の専門分野の一つであるアメリカ反トラスト法(日本の独禁法)では、ゲーム理論を取り入れた法律論文が盛んに発表されている。このゲーム理論については、多くのテキストがある。わかりやすさでいえば、アビナッシュ・ディキシット、バリー・ネイルバフ『戦略的思考とは何か エール大学式「ゲーム理論」の発想法』(TBSブリタニカ)がおすすめである。なお、武藤滋夫『ゲーム理論入門』(日経文庫)、梶井厚志『戦略的思考の技術 ゲーム理論を実践する』(中公新書)は充実した入門書である。

このように論理的思考について紹介してきたが、実は、この論理的思考、交渉学と密接に関連しているのである。よく交渉学に対しては「交渉なんて経験と度胸だけで、なんとかなるし、論理なんて必要ないよ」という批判を耳にする。しかし、これは間違いである。ちなみに重要な交渉では、脅しや、ちょっとした駆け引きのテクニックなど通用しないし、また強気なだけでも、譲歩するだめでも最悪の結果しか導かないものである。交渉とは、自分の目標をしっかりと設定し、相手の主張を分析した上で、双方納得の合意を形成するという非常に「論理的」なプロセスであることを理解した人間が始めて、困難な交渉を有利に解決できるタフ・ネゴシエーターとなるのである。その意味では、いままで説明した論理的思考の応用分野として交渉学が存在することが理解できるだろう。

そしてこの分野では、やはりロジャー フィッシャー、ウィリアム ユーリー、ブルース パットン『ハーバード流交渉術』(TBSブリタニカ)が最良の入門書といえる。本書を一読すれば、論理的思考力がいかに交渉学にとって必要不可欠であるかが理解できるだろう。またウィリアム・L.ユーリー『ハーバード流 ”NO”と言わせない交渉術』(三笠書房)、そして心理的アプローチを重視した伊東明『説得技術のプロフェッショナル』(ダイヤモンド社)が交渉学の全体像を知る上で格好の入門書といえる。

このように論理的思考力や交渉学は、多くの良書が出版されているので独学することも不可能ではない。しかし、このようなスキルを意識的に身につけ、習慣として実践できるようになるためには、セミナーなどでトレーニングを受けられるのが一番の近道であるともいえる。2003年の新しい挑戦として、論理的思考や交渉学に挑戦されてはいかがであろうか。そして、そこでは、多くの新しい発見と知的興奮を味わうことが出来るだろう。
(『月刊丸の内』 4月号より)

田村 次朗(たむら・じろう)

田村 次朗

ハーバード大学ロー・スクール修士課程、慶應義塾大学大学院法学研究科民事法学専攻博士課程修了。ロス上院議員法スタッフ、アメリカン・エンタープライズ公共政策研究所(米国共和党シンクタンク)研究員、ブルッキングス研究所(米国民主党シンクタンク)研究員、米国司法省・連邦取引委員会、ジョージタウン大学ロー・スクール客員教授、慶應義塾大学法学部専任講師、同大学総合政策学部助教授・教授等を経て現職。
専門は、経済法、国際経済法、法政策学、および交渉学。ホワイト&ケース神田橋法律事務所特別顧問。
経済産業省、総務省、公正取引委員会などの委員を務めるとともに、日米通商交渉、WTO (世界貿易機関)交渉における政府への助言、ダボス会議(世界経済フォーラム)への参加等、国際交渉の最前線で活躍している。著書に『WTOガイドブック』(弘文堂 2001)など。またその一方で、実務教育としての「交渉学」の開発に取り組み、日本における法科大学院構想に関し、積極的提言を行なっている。

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