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ピックアップレポート

2003年06月10日

金子 隆「マネー情報から金融市場を『読み・解く』術」

金子 隆 慶應義塾大学商学部教授

金融市場を読みこなせない?

まず読者の皆さんには、次の設問にどの程度“論理的”に答えられるか、考えてみてほしい。

『現在、長期国債の金利は歴史的低水準(価格は歴史的高水準)にある。将来、金利が反転すれば価格は大きく下落し、国債保有者は多額の損失を被ることになる。ところが、エビアン・サミットでデフレ懸念の世界的広がりが確認されると、銀行などによる買いが入り、長期金利はついに0.5%を下回ることになった(6 月3日現在)。これは、経費率まで含めた銀行の資金調達コストを優に下回っており、仮に満期まで国債を保有しても採算が合わないことになる。彼らの行動はどう解釈したらよいのだろうか。』

「日銀が当座預金残高の目標を最大30兆円に拡大!」「低格付け社債と国債の利回り格差が急速に縮小!」「裁定解消売りで株価下落!」等々、金融政策や金融市場に関するニュースを耳にしない日はない。今日、金融市場の動向は、金融とは直接関係のない企業のビジネスにも大きな影響を及ぼすようになり、それを無視した経営を展開することができなくなってきている。また、我々の預金や年金といった、これまでは銀行や会社任せで事足りた資産形成・運用の面でも、自己責任が声高に求められている。もはや、金融市場の情報を読みこなすことは、仕事においても、そして人生設計においても、ビジネスパースンが的確な意思決定を行ううえで不可欠となっている。

ところが我々は、金融市場の情報に関して、断片的な知識はあるものの、「なぜそうなるのか」といった理屈についてははなはだ怪しいところがある。「金利や為替の動向を根拠ある方法で予測するにはどうしたらよいか?」「日経平均先物の取引は日経平均にどのような影響を及ぼすか?」といった問いに対し、説得力のある答えを提示できる人は意外と少ない。その指摘は、「マーケットのプロ」と呼ばれるひと握りの人々を除けば、金融機関に勤める方々の多くにも当てはまるのではないだろうか。

日経の「マーケット総合」を理解する

冒頭の設問のような問いに論理的に答えるには、短期金融市場、債券市場、株式市場、先物市場、オプション市場といった金融市場の背後にある”理屈”を理解することが必要となる。各市場の機能や構造だけでなく、価格(ないし金利)決定のメカニズムをしっかりと頭に入れておくことだ。また、単に知識としてそれらを頭に入れているだけでは意味がない。実際の経済活動や金融政策のリアルな展開を”理屈”に照らして解釈することが重要になる。その際、ビジネスでの実践を通じて得た問題意識や疑問点を結びつけてみるとよい。さらには、自分の解釈を多くの人に話してみることだ。身に付けた知識をすぐにアウトプットすることによって、人間の理解は強固なものになるからだ。

日経新聞朝刊を開いてみよう。中程に「マーケット総合」面というページがあるはずだ。ここに掲載されている記事とりわけ数値データには、金融市場の動向に関する価値ある情報が大量に隠されている。知る人のみが手にすることのできる宝の山が、じつはそこにあるのだ。では、それを手にするにはどうしたらよいか。数値データを単に表面的に眺めるのではなく、背後にある”理屈”にまで遡ってその意味を理解し、読みこなしていくことが必要だ。そうすることで、ビジネス、企業経営、資産運用などのさまざまな局面で、ビジネスプロフェッショナルとしての的確な意思決定ができるようになるであろう。

MCCでは、こういったビジネスパースンのニーズに答える形で『マネー情報から金融市場を「読み・解く」』というタイトルのプログラムを9月24日(水)からスタートする。週に1回3時間、6セッションのプログラムを展開していく。当然のことながら、資産運用のハウツーを教える場ではなく、金融情報の背後にある”理屈”を理解してもらうことに重点をおく。そのために、金融情報に関心を持ち、理論を学び、「マーケット総合」面を読みこなし、多いに議論し合う、相互学習の場を目指している。

最後に、冒頭の問いに対する解説であるが、

デフレ懸念が強まれば、業績悪化予想を背景に株式や企業向け貸出の魅力が低下する一方で、利回りは低くても信用リスクや物価下落による価値減少のリスクのほとんどない国債の魅力が、相対的に高まる。同時に、デフレ懸念が強まれば、日銀が追加的な金融緩和に踏み切るので、金利の上昇懸念が後退し、国債に対する買い安心感が強まる。これらを背景に国債に大量の買いが入れば、国債の価格は一段と上昇する。したがって、こうした動きを見越して早めに国債を購入しておけば、利回りは低くても値上がり益を享受できる(もちろん満期以前の売却を前提)。要するに、国債バブルが今後も続くことを前提とした、綱渡り的な運用なのである。

となる。
(『月刊丸の内』 1月号に掲載された内容を著者が加筆修正したものです。)

金子 隆
慶應義塾大学商学部教授
1975 年慶應義塾大学経済学部卒業。1980年同大学大学院商学研究科博士課程修了。慶應義塾大学商学部助教授を経て、1992年より現職。専門は、金融・ファイナンス(特に企業金融、銀行行動、金融政策)。欧米の学術ジャーナルに論文多数掲載。金融の難しい理屈をわかりやすく解説する講義には定評がある。

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