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ピックアップレポート

2003年07月08日

山根 節「会計情報から経営を「読み・解く」」

山根 節
慶應義塾大学大学院経営管理研究科・ビジネススクール教授 商学博士

地図の読めない企業家はありえない

いきなりで恐縮だが、皆さんに経営というものをイメージしていただきたい。例えばトヨタの経営活動を頭に描いて欲しい。トヨタという会社は、いろいろな側面をもっている。たくさんの車種の車を作り(製品)、世界中に工場や営業所を持っている(ロケーション)。世界に冠たるハイテク技術をもっている(技術)。全世界でたくさんの人が働いている(人材)。特異な企業文化を持ち、ブランド・イメージも高い(カルチャーやブランド)。これらはいずれもトヨタという会社の説明要素である。こうした説明は切りがないほどいろいろある。経営活動を簡潔かつ包括的にとらえることは、容易ではない。

その中で、会計とは『企業の経営活動を包括的かつコンパクトに捉えるツール』である。しかも”唯一”のツールである。会計のほかに、経営活動を総合的、包括的に捉える手段はこの世に存在しない(!)。図表を見ていただきたい。

会計=経営の写像

経営活動は、企業で働く個々の人々の活動すべてを含んでいる。それらは有機的に結びついてはいるものの、それぞれは別個に動いている。企業にはヒトのほかに、モノやカネや技術やノウハウがあり、役割や形が異なっている。会計はこれらを総合的、統一的にまとめて捉えてしまうのである。

会計はまず経営活動に光を当てる。その光は貨幣価値という観点からの光である。光を当てると、反対側にある平面に写像が投影される。これが財務諸表であり、会計情報である。これは一種の平面図であり、それゆえ欠点も多いが、経営活動をトータルかつ簡潔に捉えることができる。

われわれは少し経験を積むと、この平面図を見ることによって、立体的な経営活動を頭の中に再構成することができるようになる。この行為が「財務諸表を読む」ことである。財務諸表を読むことによって、企業をトータルに捕まえ、問題の全体像を把握することができる。将来のあるべき姿を構成し(計画とは、企業の将来あるべき姿を一つに写像化し、財務諸表の形にまとめるプロセスである)、働く人々を指揮する有力な手段となる。

「経営者にとっての財務諸表」はよく、「登山家にとっての地図」に例えられる。地図は山を等高線で切り取って平面図に投影したものに過ぎない。しかし地図は山を包括的に捉えたものなので、登山家が登山するにあたって、なくてはならない情報源である。

会計は一定期間の経営活動をトータルに捉える「唯一のツール」であり、こんな手段は他に存在しない。企業という乗り物に相乗りする、たくさんの利害関係者の命運を左右する地図である。「地図の読めない登山家」がありえないように、「地図の読めない企業家」は本来ありえない。

現実の財務諸表と『格闘』する

ではどうやって会計をマスターしたらいいのか?「会計が苦手なのですが、どうやってマスターすればいいのですか?」というビジネスマンに対して、私はいつもこんな風に答えることにしている。
「もしあなたが経理マンになりたいのなら、簿記学校に少なくとも6ヶ月通って複式簿記と会計学をきっちりマスターすることを勧めます。でも、もし数字のわかる経営管理者になりたいのだったら、現実の財務諸表と格闘することをお勧めします」

会計のマスターはパソコンのマスターと似ている。私はプログラミングが全くわからない。しかし今は講義でも著書の執筆でもメールでも、問題なく使いこなしている。それはひとえにここ数年、パソコンと格闘したからである。パソコンのプロになろうと思ったら、プログラミングの一から勉強したほうが良いに決まっている。しかしパソコンが仕事で使えれば良いのなら、パソコンの実際に触って格闘した方が早いのだ。

会計は経営を写し撮ったものに過ぎない。経営を多少知っているビジネスマンは、経営活動がどんなふうに財務諸表へ投影されるのか、幾つかのポイントを押さえると財務諸表が読めるようになる。そのためには丸い数字の入った架空の財務諸表ではなく、現実に儲かっている企業や自分の会社、ライバル企業など、興味がそそられる会社の財務諸表を前にして、そのビジネスモデルを考えていく方がいい。財務諸表で経営を議論していけば、極めて有効なツールであることも実感できるはずだ。

こんな発想で、MCCで「財務諸表を読み解く」コースを9月から6回にわたって構成しようと計画している。複式簿記などはやらず、実際の財務諸表でいきなり経営の討議を始める。わずか6回のセッションだが、参加者の方々が財務諸表の奥に広がる経営を考え、経営を大局的にとらえる良いきっかけになるはずだ。構造改革が強く求められるわが国において、「地図の読める企業家」を輩出するお手伝いができればと願っている。

(『月刊丸の内』 7月号より)

山根 節
慶應義塾大学大学院経営管理研究科・ビジネススクール教授 商学博士
公認会計士。 東京メトロポリタン・コンサルティング・グループ株式会社設立・同社代表。
早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。慶應義塾大学大学院経営管理研究科修士課程修了、同大学大学院商学研究科後期博士課程修了。商学博士。慶應義塾大学大学院経営管理研究科・ビジネススクール助教授、米国スタンフォード大学客員研究員を経て、2001年より現職。

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