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ピックアップレポート

2011年06月14日

東日本大震災からグローバル人財育成を考える

高橋秀明
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任教授

 東日本大震災が起こってからもうすでに二カ月が過ぎた。しかし復興はおろか復旧の歩みも遅い。被災地に行ってみてはじめて、テレビからは想像もつかない被害の甚大さ、圧倒的なスケールに言葉を失った。一面のがれきで埋め尽くされた三陸のある町に数千人の人々の生活があったのだということが胸に迫る。加えて福島の原発事故は現在も進行中で、まだ着地点も見えない。こんな時に日本企業のグローバル人財育成についていったい何が書けるのだろうかと考えた。

 震災や原発のニュースをテレビで見ていると、犠牲者や被災者への深い同情とともに自分が被災者のために何ほども出来ないことに無力感と苛立ちを覚える。その反動だろうか、なぜ政府や東電はこうもスローなのかと非難の言葉が口に出る。その度に、いまこの時間も福島の原発現場では、放射線に晒されながら危険を顧みずに作業をしている人がいるのだと、また震災直後から凄惨な現場で黙々と復旧作業や行方不明者の捜索に従事している自衛隊員や警察・医師・歯科医がいるのだと自分にいいきかせる。

 その繰り返しから抜け出すべく、この二カ月を振り返ってみた。ネット上にアーカイブされた新聞・テレビの記録だけでなく、ブログやツイッター、フェースブックなどのソーシャルメディアを読んでみた。被災者や支援者の声、写真、動画、被災地の行政や企業、学校からの発表文と動画、県庁、中央省庁、東京電力、官邸からの文書・動画など、膨大な量がある。読み続けていくうちに、大震災に加えて原発事故という極限状態の中で、それぞれの立場の中でベストを尽くそうとする、被災者、支援者、行政、福島原発、東電本店、政府首脳の姿が見えてきた。そして、それぞれがいいと思って行なった判断と行動にもかかわらず全体がベストにならなかった構図が浮き上がった。これをマネジメントの言葉を借りて表現すれば、いまの復旧・復興体制、原発事故対応には、リーダーシップ、コミュニケーション、組織、リスク管理、ガバナンスなどの問題があるということだ。

 ではなにが起こっていたのか。運命の日、3月11日14時46分に大震災が起き、福島原子力第一発電所では主系統の受電設備が損傷し、また予備の第二系統の送電塔倒壊で外部電源が失われる。さらに大津波が押し寄せて、15時41分には最後の砦であった非常用ディーゼル発電機が水没し停止、全電源を喪失した。暗闇の中、福島原発は炉心溶融の危地に陥る。発電所長は現場の判断として炉内への海水導入を進言するが、東電本店は数千億円の炉を廃炉にする決断が出来ずに時間が経過する。そして翌12日午後3時過ぎに最初の水素爆発が起き、事態は切迫、次々と起こる水素爆発に、政府側も本店も混乱の極みに陥る。そして12日午後7時過ぎには発電所長の決断で海水注入が始まったが、政府の意向をくんで本店は一時中断を指示した。しかし発電所長は独自の判断で注水継続。この間米国は事態の深刻さを憂慮し、専門家を含めた支援の手を差し伸べるが日本側は断ったようだ。東電は社内でなんとかなると思っていたのだろう。この時期の正確な時系列情報は政府の設置する第三者委員会の調査を待たねばならないが、種々の情報ソースからは以上のような一連の出来事が推定できる。

 歴史に「もしも」はないが、もしも発電所長に緊急対応の権限が与えられていて海水注入が11日の全電源喪失後ただちに始まっていたなら、そして、もしも米国の原子力事故専門家のアドバイスが直接発電所長に最初から提供されていたら、一連の水素爆発や史上二番目の放射能放出を伴う歴史的大事故にはならなかったかもしれない。これは既視感がある話ではないか。そう、米国でのプリウス急加速問題だ。

 昨年初頭、米国各地でプリウスが急加速するという苦情が多発した。刻々と悪化するトヨタ車の評判に対して、米国トヨタの米国人社長は機動的にリコールを指示することができなかった。緊急を要する事案でも、リコールのように多額の経費がかかる件は、本社の判断を仰がねばならない。もたもたしている間に事態は鎮静化するどころか急激に悪化し、トヨタ本社の社長が米国議会の公聴会でつるしあげにあう事態に陥った。集団訴訟が多数申し立てられ、最終的な決着はまだついていないが、和解金は三千億円以上と云われている。また米国運輸省からは、リコールを意図的に遅らせたという理由で数十億円の制裁金を課せられた。この件でも現地トップへの権限移譲やコミュニケーションの問題、特に情報開示の拙さ、不手際が内外のメディアで指摘された。トヨタ側は、正確を期すあまり、タイムリーに情報が出せないでいた。今回の原発事故でも国内のみならず海外に対する情報開示は稚拙であると言わざるを得ない。情報が出ない、ないしはタイムリーに出ないと、欧米メディアは最悪事態を想定する。これはプリウスの時も福島の時も同じだ。

 では現在進行中の原発問題対応について、マネジメントの側面から見るとどんな問題が内在しているのだろうか。第一の問題がリーダーシップであることは疑いのないところだろう。この点は最も重要な問題なので、育成法も含めて後述する。

 第二には、組織設計とガバナンスをあげたい。まず原発をグローバル組織の関係論で模式化してみよう。東京は本国で、福島県は遠い現地国にあたる。東京には本社にあたる東電本店があり、福島には現地法人にあたる福島原子力発電所がある。発電所長は現法の社長だ。重要なことは、危機的状況が発生した時に、現地のトップ、すなわち発電所長に権限が移譲される仕組みをあらかじめ作っておくということだ。そうすれば、一番新しい情報が集まる現地トップが、現場の状況に合わせた柔軟で臨機応変の決断をすることができ、次々に発生する新しい局面や未知の課題に適切に対応することができる。

 第三の問題は企業文化である。東電の企業文化は、”原子力ムラ”という表現があるくらい内向きで閉鎖的だと言われている。これでは、危機的状況に陥った時には連携もコミュニケーションも難しい。東電は原発事故直後、海外記者団が記者会見に参加することを認めなかった。原子力事故というのは大気中、海中に汚染物質を放出し、国内だけの問題で済むものではないのだから、このように閉鎖的な姿勢は国際メディアには受け入れがたい。しかしムラの論理ではそういうことが許容されるのだ。トヨタがリコール問題を内々で解決しようとしていたのと同様である。

 第四にはリスク管理をあげたい。トヨタも「ウチの車は安全」という慢心があったと思うが、東電は異常なくらいに「原子力は絶対安全」と思っていたふしがある。その過信が前提になっていたために、ほとんどのリスクは無視あるいは軽視されリスク管理が骨抜きになってしまっていた。

 ここまで書いてくると、原発問題と日本企業のグローバル化の問題に共通点が見えてくる。その根底には、日本文化に特有の問題があるようだ。人の絆を重んじる日本のコミュニティは内向きになりやすいし、多言・直言をよしとしない日本人はコミュニケーション能力が不足している。さらに相互信頼が重んじられる社会ではリスク管理を表面に出しにくいという面もある。しかし一番の問題は、上述の通り危機に臨んだ時にリーダーシップを発揮できる人財が不足しているということではないか。もちろん日本にも、幕末から明治にかけて、あるいは戦後の復興期に、リーダーシップを発揮して危機を乗り切った人財はいる。しかしその数は決して多くはない。坂本龍馬をはじめ、優れたリーダーシップを発揮した人々の成長過程に注目すると、修羅場体験、海外体験(多様性)、好奇心、実学、創造性などの共通点があることがわかる。

 つまり、原発問題にしろプリウスの急加速問題にしろ危機的状況への対応能力を向上させるには、短期的には組織設計変更、現地化促進、権限移譲、リスク管理強化などに集中することであり、長期的にはリーダーの人財育成に尽きると思う。

 それではリーダー、とくにグローバルリーダーの新たな人財育成法について紹介したい。筆者は、今年2月に中国奥地の貧困地帯で開かれた、体験学習を主体にするセミナーにリソースパーソンとして招かれた。主催者は、NPOのGIFTで、香港在住のインド人のChandran Nairによって2004年に設立されたシンクタンクである。

 GIFTは、若いマネジャーを新興国で活躍する次世代リーダーに育成するために年に数回Young Leaders Program 「YLP」を開催している。参加者は20数名で、アジア各国のグローバル企業の中間管理職が多い。セミナー期間は二週間で、最初の一週間は香港でのクラスルーム研修である。この部分は大学教授ではなく経営実務家から理論を学ぶコースが主で、徹底的な討論が行われる。次の一週間は、あらかじめ選ばれたアジア内の地域で(貧困地域が多い)フィールドワークをする。その地域内で持続可能な事業を見つけ、事業設計をして現地のスポンサー組織に提案するというもの。二週目は、ほとんど寝る間もないほど集中して活動する。この間に参加者は、第一週目に獲得した知識(形式知)を行動によって経験知(暗黙知)に転化する。そして他の新興国出身の多様なバックグラウンドを持つマネジャーとの協働作業を通じて、密度の濃いソーシャルキャピタルを形成することになる。

 今年2月のプログラムは、中国湖北省の最も貧しい県で開催され、日本から大企業2社の部長クラスのマネジャーが二人参加した。他は、香港、中国、マレーシア、シンガポール、ガーナ、米国からの参加者である。二週目のフィールドワークでは、毎日のように農民、農協、郡幹部、共産党幹部、町長などをインタビューし、事業の切り口を見つけていく。どこの国でもそうだが、農民は用心深い。すぐには口を開いてくれないものだ。参加者の中に見るからに「切れ者」という感じの人がいた。最初の農民とのインタビューで、彼はいきなり機関銃のように質問攻めにした。でも農民は思ったようには答えてくれない。その日の夜の反省会で彼は、「基本的な人間関係の構築をしてからはじめて、人は重い口を開いてくれるのですね。相手の立場に立って行動するのを忘れていた。」といって笑った。

 このプログラムは体験学習だ。体験学習プログラムは他にもたくさんあるが、YLPにはいくつかユニークな特徴がある。まず大変なタイム・プレッシャーがあること。一週間のフィールドワークの最終日には、全員がビジネススーツで町や共産党の幹部にビジネスプランをプレゼンテーションする。しかもこれは模擬プランでもロールプレイでもない。現実世界のことなのだ。フィールドワークが始まる時には、どんなビジネスが実現可能か全く想像出来ないのだから、のるかそるかである。毎日のフィールドワークでは、自分がマネージできない「想定外」のことが次々と起こるし、締め切りは迫ってくる。いわば修羅場のなかで新しい局面に柔軟に対応し、あらゆる困難を克服するレジリエンスや創造性が求められる。参加者は、直観力、分析力、創造性、人間力を総動員して、最終日までに完成品を作り上げなければならない。

 二週間にわたる体験学習を通して参加者がビジネススキルを身につけ、ビジネスパーソンとして成長する姿を見るのは素晴らしい経験だった。だがフィールドワークの修羅場の中で、同僚の力を信頼し、チームとして活動できる人間力を身につけていくのを目の当たりにしたことは、コーチとして冥利に尽きた。

 これからの30年は新興国が成長点になる時代だ。その新興国でリーダーシップをとり、現地でソーシャルキャピタルをはぐくむことができる人材は「人財」である。そして数ある新興国の中で、日本企業にとって一番重要であり、かつ活躍できる可能性が最も高いのがアジアである。その点でGIFTの編み出したYLPは、日本企業にとっても有効な次世代リーダー育成法だと考える。

 本稿では、東日本大震災からの復興や原発事故の対応を考察しながらこの国の行く末を考えた。大災害にも負けない国を築き、将来の繁栄を先導していくのは真のリーダー以外にない。日本が「いますぐそこにある危機」を脱したあとには、実力を備えてきた新興国との厳しい競争が待っている。直下の日本復興に軸足を置きながら、次の世代のリーダーを育てることが責務である。

※2011年5月に配信された慶應義塾大学SFC研究所キャリア・ リソース・ラボラトリーのニューズレター内「社会とキャリアの今」より研究所代表、著者の許可を得て転載。無断転載を禁じる。

高橋秀明(たかはし・ひであき)
山田英夫
  • 慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任教授

1972年慶應義塾大学工学部修士課程修了、ニューヨーク州立大学コンピューターサイエンス修士修了、コロンビア大学エグゼクティブ・ビジネス・アドミニストレーション・プログラム修了。米国NCRコーポレーション上席副社長、米国AT&Tコーポレート・オフィサー、富士ゼロックス代表取締役副社長を歴任し現職。日米の企業で社外取締役を兼務。加えて国立科学博物館経営委員、価値創造フォーラム21特任顧問を務める。

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