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日本文化が生んだ庶民の芸能、文楽への誘い

2011年07月12日

鈴木隆敏
慶應義塾大学大学院アートマネジメント分野講師

 能楽と並んでわが国の重要無形文化財に指定されている文楽は「難しそうだから」と敬遠される方が少なくありません。しかし一度ご覧になると浄瑠璃、三味線による音楽と人形が一体となった総合舞台芸術の魅力にハマったり、とりつかれる人が多いようです。

 文楽を正しくいえば「義太夫節浄瑠璃による操り人形芝居」です。糸操りのマリオネット、指で使うギニョール、影絵などどこの国にも人形劇はありますがほとんどが子ども向けで、文楽は、喜怒哀楽を中心にした人間のドラマを時代物、世話物の戯曲に見事に描きあげそれを人形に演じさせるという、世界に例のない大人による、大人のための人形芝居です。2003(平成15)年には能・狂言に続いてユネスコの世界無形遺産に登録されました。

 文楽を正しくいえば「義太夫節浄瑠璃による操り人形芝居」です。
 義太夫節による浄瑠璃という声楽が三味線の演奏で、1体の人形を3人で操る人形劇とコラボレーションする、高度に洗練された古典芸能です。浄瑠璃、三味線、人形の3業が一体となって演じられ、それぞれの演者は和服に肩衣をつけた正装で舞台に堂々と登場します。その3役を野球にたとえると、浄瑠璃を語る太夫がピッチャー、三味線はキャッチャー、人形はバッターといわれています。

 初めて文楽を見る方は舞台正面の人形の動きに気をとられますが、慣れてくると舞台右側の床(ゆか)に肩衣姿で座った太夫と三味線が芝居をリードしていることがわかります。文楽の主役は義太夫の太夫なのです。東京では長唄などの”唄い物”に対して、浄瑠璃は常磐津、清元などの”語り物”の総称として使われます。ところが大阪では義太夫は”音曲の司”とされ、浄瑠璃といえば義太夫をさすのです。

 文楽の作品は浄瑠璃の原点である「浄瑠璃姫十二段草子」いらい歴史物語をテーマにした時代物と、近松門左衛門が身近な事件を題材にした「曽根崎心中」などの世話物にわかれます。舞台では時代物は5段、世話物は3段の形式をとり、各段が2つか3つの場で成ります。第1場を「口」、第2場を「中」、第3場を「切(きり)」といい、口と中を「端場(はば)」、切は「切場(きりば)」と呼ばれます。切場は各段のヤマ場なのでベテラン太夫が語りますが、その日の講演中最大のヤマ場を語る人は”切語り(きりがたり)”といわれ、最高の扱いと尊敬を受けるそうです。太夫は通常自分が担当する場を1人で全部語ります。主役、脇役から老若男女すべての登場人物、さらにはその場の情景、事件の背景説明まで1人で語り分けるのです。長いものだと90分近いものもあります。しかも人間のセリフだけでなく、人物の心の揺れや心理描写までを語りつくすのですから用意なことではありません。語りは行為の説明であり、聞く人を納得させる必要があります。文楽を「見る」と言わずに「聴く」ということも、その特徴を表しているわけです。

 キャッチャー役の三味線には太棹、中棹、細棹の3種類があります。腹の底から声を絞り出すような義太夫節には、大きく音が低い太棹が適しています。象牙の撥(ばち)は厚くて重く、力強い重量感のある音色を響かせてくれます。語りの伴奏なので地味ではありますが、投手をリードし全ナインとバッターに気を配る重要な役割りです。義太夫の三味線は「心を弾く」といわれます。語りが音楽性よりも物語の内容の表現に重きを置くのと同様に、三味線も曲の心を弾きながら太夫をサポートすることが大切なのです。道行などの舞踊的な面がある曲のときには、”連れ弾き”といって4~5人で三味線の合奏が行われます。ダイナミックでボリュームのある音楽的な演奏に、観客はしばしば圧倒されます。

 また誰もが、人形の美しさに魅せられます。さらに人形を3人で操る”3人遣い”という様式が、文楽人形の最大の特徴で、世界に例はありません。メインの”主遣い”(おもづかい)は左手で首(かしら)の胴串(どぐし)を握って人形全体を支えます。”左遣い”は右手で人形の左手だけを使い、”足遣い”は人形の両足を両手で操るのです。5~10kgもある人形を分業体制で操作するのですから、3人の気持ちと呼吸がぴったりと合わなければ、人形の動きはばらばらになってしまいます。ところが舞台で見る人形は目や口が動き、手足が人間の動作さながらに縫い物をしたり、タバコをすったりします。人形に生命が吹き込まれ、人間ドラマの喜怒哀楽を等身大に表現するのです。このための修業は厳しく、足からはじめて左遣い、主遣いと上がっていくのですが、昔から「足10年、左10年、主は一生」といわれるほど、長い修練が求められています。

 こうしてご紹介してまいりました文楽の楽しさをより一層深めていただきたく9月よりagora講座『文楽深耕!』を開催する運びとなりました。本講座では文楽の魅力と楽しみ方を、人形浄瑠璃の豊竹咲大夫さんとともに、浄瑠璃、三味線、人形の実演つきで楽しく演じ、語っていただきます。

 豊竹咲大夫さんは、浄瑠璃語りの世界で、いま一番脂が乗っているといわれる文楽太夫で、昨年度の国立劇場文楽賞大賞を受賞されました。本講座では4回にわたって登場していただき、文楽の楽しみ方から義太夫の魅力を存分に語っていただきます。咲大夫さんの相三味線を務めている鶴澤燕三さんには、演者が語る三味線の役割と至業の技を披露していただきます。そして文楽人形のスターで、男役、女役の両方の人形を遣う桐竹勘十郎さんには、人形の美しさ、悲しさなど魅力のすべてをお話しいただきます。また、今回の講座では文楽と歌舞伎の3大狂言の一つとして親しまれる、「仮名手本中心蔵(かなでほんちゅうしんぐら)」を共通の題材として、”文楽三昧”をたっぷり楽しみます。皆様とご一緒に文楽の楽しみ、魅力を”深耕”していく本講座への多くの皆様のご参加をお待ちしています。

agora講座「慶應義塾大学アートセンター【文楽 深耕!】」
2011年9月1日(木)開講・全7回

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