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2011年08月09日

安藤 浩之「人はなぜ天丼を食べ、フリーパス券を購入し、とりあえずビールを飲むのか? ~意思決定論への誘い~」

安藤 浩之
慶應MCCシニアコンサルタント

それでも天丼を食べたい

皆さんは、今日のお昼に何を食べましたか。和食、洋食、中華、弁当、あるいは時間がなくてお昼抜き? これはいけませんね。

ここで申し上げたいことは「意思決定の質の大切さ」ということです。意思決定とは、分析、判断、選択の一連のプロセスのことを言います。分析と判断は思考であり、選択は行動です。思考には時間がかかりますが、行動は一瞬で済みます。

このように書くと疑問を持つ人がいるかもしれませんね。「何を言っているんだ。オレは近所の食堂に入って、今日の昼飯を天丼にするのか、そばにするのか、いつも選択に時間がかかっているぞ」と。

しかし、これは選択に時間がかかっているのではなく、分析、判断に時間がかかっているのです。たとえば、「昨日の夜は焼き肉を食べたな。これでお昼に天丼を食べたらハラがもたれるぞ」と考えたとします。これが分析です。また、「そばでハラがもたれることはないが、すぐに消化してハラが減るかもしれない」と考えるかもしれません。これも分析です。つまり、分析とは個々の選択肢のリスクとリターンを測ることを意味します。

次に、「おっと、今日の午後は会議で司会を務める予定だった。ハラがもたれていたら司会に集中できないな。ということは天丼よりもそばのほうが無難だぞ」と考えたとします。これは、分析ではなく判断です。判断とは、異なる選択肢を並べてなんらかの判断基準で優劣を決めることです。
そして、最後に、分析、判断の結果を受けてそばを注文したとします。注文という行為が選択です。いかがでしょうか。分析、判断、選択の違いが見えてきたでしょうか。

さて、正しい意思決定とは何でしょうか。先の定義に基づけば、正しい意思決定とは、分析、判断どおりに選択することであり、両者をきちんと合わせることです。ところが、中には、分析、判断どおりに選択しない人もいるものです。そばのほうが良いとわかっていながら、エビやキスの愛らしい姿と立ちのぼる湯気の誘惑に負けて天丼を選択してしまう人たちです。こうした人って身近にいませんか。傍から見ていると「なんで、それを選択するかなぁ。わかんない人だなぁ」って思われているような人です。おおよそ、想定外の選択をする人でもあります。

このように、分析、判断どおりに選択しないのは仕方のないことです。人間は理性と感情に左右される生き物であり、両者をコントロールすることが難しいからです。頭では「そば」とわかっていても、身体が、メニューを指す指が「天丼」を選んでしまうのです。人間とはなんと不合理な生き物なのでしょうか。

フリーパス券ってお得ですか?

今年は梅雨明けが早く、長く暑い夏が続いています。こんな日はプールで身体を冷やしたいものです。

先に登場した天丼のお父さんは、夏休みのある日、家族を連れてプールに行くことにしました。郊外にあるこのプールは遊園地を併設していて、4500円のフリーパス券を購入すれば巨大プールはもちろん、観覧車、ジェットコースターなどの乗り物に乗ることもできます。一方、3500円の入園券を購入すればプールは利用できますが、乗り物に乗ることはできません。そのため、乗り物に乗るためには、1200円で6枚綴りの乗り物券(200円×6枚)を買うことになります。

天丼のお父さんは「まぁ、6つくらいの乗り物は乗るだろう」と深く考えることはせず、”とりあえず”家族4人分のフリーパス券を購入し、園内に入りました。造波プール、流れるプール、ウォータースライダーは飽きることなく、家族はみな笑顔です。

時間が過ぎ、ふと園内の時計に目をやると針は午後3時を回っています。真顔に戻った天丼のお父さんは、このままでは元をとれないと思いはじめ、プールから出ることを嫌がる子供たちを連れて乗り物に飛び乗り、2時間を費やして7つ目の乗り物をクリアしたところで打ち止めにしました。天丼のお父さんはしたり顔です。

ところが、家に帰る車中は険悪なムードが・・・。それもそのはず、子供たちはプールから無理に出されたばかりか、かごの中は40度を越える温度の観覧車、うだる暑さの中で乗ったジェットコースターに脳をかき乱されたからです。もっとも、元をとってご満悦のお父さんは車の運転に集中しているため、白い目線の家族に気づくはずもありません。

さて、前述のとおり、人間は理性と感情に左右される生き物です。そのため、難しいことではありますが、この理性と感情をコントロールすることがご自分の意思決定力を高める近道になります。

理性をコントロールするためには、分析と判断を可能にするツール(方法論)を学ぶことです。たとえば、リターンを最大化する要因を検索するインフルエンス・ダイアグラムやトルネード・チャート(感度分析)、不確実性を分析するwhat-if分析、数々のオプション(代替案)を検討するマトリックス法などは意思決定論を勉強するとよく出てきます。

一方、感情をコントロールするためには、人はなぜ感情に走ってしまうのか、人間心理の歪みを知ることが一番です。完全には無理でしょうが、ずいぶんと理性的になれるものです。たとえば、なにかのアンケートに答えるとき、5点満点のうち、「5」や「1」をつけることに躊躇し、よければ「4」を、悪くても「2」を、もっとも多いのは「3」をつけてしまうことがありませんか。選択することによって、なんらかの影響(良い場合もあれば悪い場合もある)が予測されるとき、人間は正しい選択肢を選択せずに無難な選択肢を選択する傾向があります。これが人間心理の歪みに関するひとつの例です。

このほかにも、権威に対する服従、自己正当化の罠、代表性ヒューリスティック、アンカリングの罠、事象の集中による過剰反応、リスク評価者の不公平性などがあります。これらも意思決定論でよく出てきます。

先の天丼のお父さんのケースに戻って考えてみましょう。天丼のお父さんが選択できる選択肢は、3500円(入場券)、4500円(フリーパス券)、4700円(入場券+乗り物券)の3つです。このうち、3500円では入場券しか手に入らないため、もし、5つ以上の乗り物に乗ることになれば4500円のフリーパス券にくらべて損をすることがわかります。一方、1200円の6枚綴りを追加購入した場合、使い切らなければ、次回に持ち越すことはできますが、人間は将来の利得よりも直近の不利益を嫌う傾向があるため、やはりフリーパス券より損だと考えます。そこで、最後に残った選択肢である4500円を選択するわけです。

それでは、人間心理の歪みである「無難な選択肢の選択」を知った天丼のお父さんは、どのような理性的なお父さんになれるでしょうか。きっと賢明な皆さんは気づくはずです。「理性的になるためには、このような消去法で選択するのではなく、4500円のフリーパス券を購入することの妥当性そのものを分析しなければならない」と。

なぜ「とりあえずビール!」なのか?

家族の不満を買った天丼のお父さんは、やけになって酒を飲みに行くことにしました。夜、自宅の近くにある居酒屋さんに入った天丼のお父さんは「とりあえずビール!」と注文したところ、頑固おやじで有名な店のあるじに「とりあえずとは何ごとだ! ビールに謝れ!」と無茶を押し付けてくるではありませんか。ほうほうのていで店を出た天丼のお父さんは、近くの公園で息を整えてから家族が待つ自宅に帰ることにしました。

人は意思決定する場面で「とりあえず」という言葉をよく使います。とりあえずビールを頼むことで注文することの煩わしさを先延ばし、その実、その先の検討を放棄しているのです。「とりあえず」という言葉を会議などの席で多用している人は要注意です。この「先延ばし」と「検討の放棄」が合わさると意思決定の質は下がります。

天丼のお父さんはぼやいています。「今日は散々だったな。”とりあえず”意思決定論でも勉強してみるか」。天丼のお父さんは学習しない人でした。

このように意思決定論は日常において避けて通ることはできないことは言わずもがな、ビジネスにおいてはなおのことであり、皆さんのなかでも日々複雑な意思決定のなかで躊躇されている方も多いことでしょう。「とりあえず」ではなく、「しっかりと」意思決定論を学ぶことで、ご自身の分析、判断、選択について自信を持って説明できるはずです。

安藤浩之(あんどう・ひろゆき)
安藤浩之

  • 慶應MCCシニアコンサルタント
明治大学法学部卒、英国ウェールズ大学大学院卒(M.Sc取得)。HOYA株式会社人事部を経て、1992年に産業能率大学総合研究所に入職。2004年同大学経営情報学部兼任教員、2006年主幹研究員、2008年同大学院総合研究所教授。2009年11月より現職。組織・人材マネジメント、戦略的意思決定論を中心に企業内教育で活躍中。
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