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ピックアップレポート

2004年02月10日

キャリア自律を考える:日本におけるキャリア自律の展開

花田 光世
慶應義塾大学総合政策学部教授、同大学SFC研究所キャリア・リソース・ラボラトリー代表
宮地 夕紀子
慶應義塾大学SFC研究所キャリア・リソース・ラボラトリー研究員

キャリア自律論の罠

キャリア自律の定義を行ってみよう。筆者らはキャリアを、過去・現在・将来に渡り「自分らしさ」、「他者との違い」をスキル/Job、ビジネス、組織内マネジメント、ライフスタイルといった様々な対象に向けて、発見し・構築し・表現しつづける一連のプロセスと考えている。そしてこの「自分らしさ」を発見しつづけることが自己概念の模索であり、またストレッチングに他ならない。それ故、この自分らしさの発見と構築のプロセスで自立と自律の違いが出てくると考えている。

まず自立であるが、「自立」の状態にある個人は、自分の意見を持ち、自己の意見を主張できる人材であるが、それは個人の単なる自己主張・満足で終わってしまう状態と考える。そしてその自立状態では、個人の現在のバリューに安住し自己満足化し、苦労を伴うストレッチングからは目をそらし、むしろ逃げの対応をする傾向があると考える。又その「自立」観では、他者もまた、同時に自己実現を志向することを念頭におき、他者の自己実現との調整をどのように行うかという理解・行動には至っていない。

それに対して「自律」では、他者のニーズを把握し、それとの調整をはかりながら、自分自身の行動のコントロールを行い、自らを律しながら、自己実現を図ることのできる人材である。いわばアサーションともよべるものであろう。キャリア自律での一つの課題は、多くのキャリア自律を目指す者が、この自立と自律を混同し、キャリア自律がひとり歩きをしてしまっている点にある。筆者はこのキャリア自律の一人歩きをキャリア自律思い込み症候群と呼んでいる。

キャリア自律思い込み症候群

このキャリア自律思い込み症候群(自立状態)は自らのキャリア開発を短期的な視点から模索することに特色がある。また本当の自分探しというよりは、現状からの逃避にキャリア自律を利用し、自分の逃げを正当化するところにも特色がある。しかし、この症候群はキャリア自律とは全くことなるものである。
真のキャリア自律とは自分自身のキャリアビジョンをしっかり持ち、長期的な視点から自分のキャリアを構築することであり、困難な状況にも自己動機付けをもってチャレンジし、バリューのストレッチングを行うことのできる状態である。言い換えるなら、チャレンジの気持ちを持ちながら、日々の自己啓発を行うことに他ならない。

キャリア自律に不安を持つ若者たちは、「社会的に人気のあるコンサル的な仕事や、「企画」という言葉がついた仕事の方が、より価値が高そうに見えるから」、「その仕事についたほうが今より学ぶことのできる可能性があるから」、さらには「今の仕事では自分がだめになると思うから」などの理由をあげ、現状から逃げようとする。しかし多くの人は、本当にしたいことは何?自分を活かす仕事は何?自分を成長させることとは何?と聞かれてもなかなか回答できないのである。自立と自律をわけるポイントは、自立志向者は、もしかして永遠に回答を得ることの出来ない、その問いと向き合い、不安の中で生きている。実のところ、誰もが本当に何をしたいのかが見えない中で、自分探しに走りまわっている。そして結果として現状満足、困難な状況からの逃避に走ってしまっている。それに対して、キャリア自律では、不安を不安としてその解消をよりポジティブにTransitionの立場から解決し、新たなストレッチングを行い続けるのである。

今一度人間力とキャリア自律

現在のキャリア開発論では、そのベースに、仕事で必要とされるスキルや知識、仕事の役割や価値、さらには個人や仕事のマーケットバリューといった観点を置いている。いわば人間の力・能力といった考え方は古臭いものとして対象外となっているのだが、キャリア自律論、人間力論では、この個人の生き抜く力こそが重要になるのである。我々はこの、生き抜く力を、トータルな人間力と表現し、①自らを高めつづける力、②自己動機付けできる力、③逆境にあってもチャンスをつくる力、④Integrity/志、そして⑤ソシアルキャピタル、信頼感を有する人材としている。

しかし、単に自らを高めつづけるといっても、それは粛々と自らをステップバイステップで高め続けるということではない。むしろ自分の力を次のレベルに高めるため、自分が自分でつくりこんだ殻を破り、質的に異なるレベルに一段高めるということを想定している。自己動機付けとは、仕事を行う際に自分の好きな仕事を選び、その分野の領域に関してのみ自己動機付けをし続けるということではない。

むしろ自分自身の変容・成長を促す際、自分自身の価値観をも変え、ストレッチしていく姿勢と捉えている。自己動機付けの本質は、自分の殻を破るために自身を動機付けることができるか、あるいは自分自身の価値観にあわない仕事に対しても自己動機付けができるかどうかが重要なのである。

そして逆境にあってもチャンスをつくりこむ力とは、何か。仕事がうまくいっている時、回っている時、過去の成功体験をベースとしてチャンスをさらにつくることは、日常的に私たちが実践していることである。しかし苦しい時、左遷されたとき、そして逆境にあるときこそ、その中からどのようにチャンスをつくりこむことができるかどうか、それが生き抜く力であろう。人間、不遇の状態や、左遷といわれているような状態にある時こそ、あるいは嫌な上司や自分と考え方の違う同僚に囲まれているときこそ、自分の真価が問われるのである。そのような環境こそが、人間力、生き抜く力発揮のチャンスであろう。

キャリア自律を志向する者がキャリア自律思い込み症候群、あるいはキャリア自立にとりつかれ、困難な状況からは逃れ、自分のバリューの中に安住してしまう。そのようなキャリア自立だけは避けたいと思っている。キャリア自律では、逆境をチャンスと捉えるが、そこにキャリア自律・キャリア開発の原点があるのではないだろうか。それを可能にするには仕事に対する「想い」が必要となる。それが最後のIntegrity/志である。自分の殻を破り、苦しい局面を打開して、能動的に生きることを可能にするには、仕事に自分自身の志、自分らしさを少しでも反映させることができるかどうかにかかっている。積極的・能動的にいろいろ工夫し、日常的な仕事のプロセスの中に、自分自身へのこだわり、Integrityを反映させるための努力を行いつづけることこそが、自分らしさの発見・開拓につながり、不安を解消し、キャリア自律思い込み症候群の呪縛から個人を解放することにつながると考える。それがキャリア自律に向けた第一歩に他ならない。そしてそのキャリア自律にむけて真剣に生きている人材が信頼感を勝ち取るのである。

自分らしさの発見とは

以上、キャリア自律の展開とその背景にある人間力、そしてキャリア自律に関する誤解に関しての意見をまとめてきた。
キャリア自律の原点は個人のバリューと仕事のマッチングにある。その際個人のバリューを静態的にとらえるのではなく、よりダイナミックに、そしてストレッチし続けるものとして捉えることの重要性、その理論的背景、実践的課題についてまとめてきた。しかし、今一度このダイナミックなバリューと仕事のマッチングについてふれてみよう。図はこの関係をまとめたものである。

バリューと仕事のマッチング

現在自分が自分らしさを認識しているか、将来自分に必要なもの、例えばスキルや知識などが見えているかどうかを、それぞれ縦軸と横時にとり、その関係でマトリックスを構築しているが、左下のセルでは、現在の自分自身を自分でも分かっていない状態であり、加えて将来の自分自身の姿も見えない状態、それに対して左上のセルは自分自身のバリューや、自分らしさは理解しているが、将来がまだ見えない状態である。それに対して、右下のセルは、自分らしさは相変わらず自分自身で把握していないが、しかし将来必要なスキルや知識などは認識できている状態である。さらに右上が、自分自身のバリュー、そして自分らしさも理解し、将来必要とされるスキルや知識などもある程度認識できている状態を指している。

この状態で重要なポイントは、自分らしさを理解し、なおかつ将来が見えるということは、評論家的に将来を認識しているということではなく、見えてきた様々なオプションの中から、自分らしさに見合う、何らかの選択を自分自身でしていることである。要は多様なオプションの中から、自分自身でどれかにフォーカスをあてているという能動的な行動がとられていることである。

そして、今度は右下から右上にさかのぼるオプションというのは、自分らしさが見えない中でも、先を何らかの形で見ることが可能であり、そこから自分らしさの認識ができる状態に移行するということである。つまり、結局のところ、それまではどのような自分らしさかをむしろわかろうとせず、ある意味で自分自身を知ることから逃げていた自分に決着をつけ、自分のバリュースのトレッチングを行うという能動的な行動の選択にほかならないのである。このように右上のセルに移行していく過程において、どちらの場合も、自分自身の能動的なアクションがとられており、それは静態的なバリューと仕事のマッチングでは決してないのである。

以上、述べてきたように、キャリア自律を日本で展開する場合、自立と自律の誤解、安住・安定志向の打破、キャリア自律思い込み症候群の克服など、様々な課題、障害を解決していかねばならない。我々はこのような問題の克服に関して、理論的そして実践的なサポート活動を今後も継続して行っていく所存である。

(『CRL REPORT No.1 March 2003』 より抜粋)

◇慶應義塾大学SFC研究所キャリア・リソース・ラボラトリー https://www.kri.sfc.keio.ac.jp/ja/lab/career.html

花田 光世(はなだ・みつよ)
花田 光世

  • 慶應義塾大学総合政策学部教授
  • 同大学SFC研究所キャリア・リソース・ラボラトリー代表

南カリフォルニア大学Ph.D.-Distinction(組織社会学)。産業能率大学教授、同大学国際経営研究所所長を経て、1990年より現職。企業組織、とりわけ人事・教育問題研究の第一人者。特に最近はキャリア自律プログラムの実践、Learning Organization の組織風土づくり、情報コミュニティの構築などに関する研究、企業での実践活動を精力的に行う。

宮地 夕紀子(みやじ・ゆきこ)
  • 慶應義塾大学SFC研究所キャリア・リソース・ラボラトリー研究員
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