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岩男 泰「予防医学の実践―人間ドックにおけるがん検診―」

2013年06月11日

岩男 泰
慶應義塾大学医学部教授・予防医療センター 副センター長

他の先進国と同様、日本における死亡原因の第1位が悪性新生物(がん)であることは、おそらくほとんどの方がご存知のことでしょう。1981年に脳血管障害に代わり1位となって以来、右肩上がりに増加しており、2015年には2人に1人ががんになり、3人に1人はがんで亡くなると予想しています(厚生労働省がん研究助成金による研究)。

がんの発生には様々な危険因子が関わっていることがわかっていますが、なんといっても最大の危険因子は加齢ですから、高齢者
社会の到来とともに、がんの発生数・罹患率(かかる率)そのものを抑制するのは困難なのかもしれません。

一方で、がんの治療法はこの10年で目覚ましい勢いで進歩しています。がんの多くは早期発見さえできれば治せると言ってよい時代になりました。にもかかわらず、がんで無くなる方の数は増え続けているのです。がんの早期発見を目的とした検診が、必ずしもうまく機能していないのは事実です。今、適切な、そして有効ながん検診のあり方が問われています。そこで今回は、予防医学の視点から、がん検診についてお話したいと思います。
※後編では、主要ながんと、具体的な検診内容の状況も、ご紹介します。

予防医学に欠かせない「がん検診」

がん検診は、医学・医療の領域では、予防医学の分野に位置づけられています。さらに予防医学は病気の発生を防ぐ一次予防、早期発見・早期治療を担う二次予防、社会復帰のために行われる三次予防に分類されます。人間ドックなどが行うがん検診は、がんを発見するためのものですから、二次予防に属することになります。なお、一部のがんにおいては、ウイルスや細菌の感染が主たる原因であることが明らかになり、早期発見に努めるとともに、感染症の治療、ワクチンを含めた感染症の予防によってがんの発生を防ぐ、一次予防に軸足を移しつつあるものも出てきています。

対策型検診と任意型検診

がん検診は大きく分けて対策型検診(population-based screening)と任意型検診(opportunistic screening)に分類できます。対策型検診は国や自治体などによる予防施策として行われもので、その疾患・疾病による集団(国民)の死亡率を下げることを目的であり、市町村が行う住民検診・個別検診や職域の法定健診に付随して行われるがん検診などがこれにあたります。基本的には公費でまかなわれます。対策型検診の条件として、対象が死亡数や罹患率が高いものであること、検診方法の有効性が確立しており早期発見(そして早期治療)が可能なこと、比較的簡便に多人数に対して検査が可能なことなどが要求されます。また、検診を受けた集団の死亡率が減少することが科学的に証明された方法で行われる必要があります。当然、費用対効果が考慮され、頻度の低い稀ながんはもちろん、早期発見が難しいがんは対象になりません。

一方、任意型検診は個人が自分自身の死亡リスクを下げるために受けるものです。代表的なものが、医療機関や検診機関が提供している人間ドックということになります。費用は個人が負担しなければなりませんが、個々の受診者のニーズやリスクに合わせた対応が可能な利点があります。自分自身の健康や命を守ることは、家族のため、自分が属する組織のためでもあると考えれば、その代償は決して大きくはないでしょう。ただし、検査の種類や内容は検診を受ける機関・施設によって異なりますし、その精度は必ずしも一定とは言えないことは知っておく必要があります。

30%にも満たないがん検診の受診率

対策型検診は国民の死亡率を下げることが目的ですから、高い受診率が確保されなければ、意味が無いものになってしまいます。それでは、実際の受診率はどうでしょうか。

実は任意型も含めて我が国におけるがん検診受診率は、決して高くないのが実情です。国立がん研究センターがん情報センターが、国民生活基礎調査に基づいた推定値を発表していますが、2010年の受診率は胃がん、大腸がん、肺がん、乳がん、子宮がんの全てが30%前後と極めて低いものでした。この傾向は10年以上変わっていません。日本は諸外国と比べても、がん検診の態勢が比較的整っている国ですから、がん検診受診率の低さはあまりにも際立っています。その理由は、仕事が忙しい、面倒だ、煩わしい、おっくうといったことが多いようですが、病気が見つかることが怖いといった不安から逃避している方も少なくないようです。また、検診内容によっては羞恥心を感じることも関係があるでしょう。

OECD(経済協力開発機構)によると、日本は子宮頸がん検診受診率が先進国の中で最低です。また、乳がんは英国、米国では受診率が70%におよび、受診率の向上とともに死亡率が減少しています。日本では残念ながら30%に満たないのです。地域間の格差もありますが、検診に対する個人個人の意識の問題が大きいと思われます。検診を受けることで自分自身を守るという、正しい知識の啓蒙、適切な情報を提供する必要性が痛感されます。

予防医学としてのがん検診を、多くの方に知っていただくことも私たちの役割だと思っています。

人間ドック説明会・施設見学会

慶應義塾大学病院予防医療センターでは、定期的に人間ドックの説明会・施設見学会を開催しています。人間ドックとはどのようなものかお知りになりたい方、検診内容についてより詳しくお知りになりたい方、また日頃からの疑問を医師に聞いてみたいといった方は、ぜひお気軽にご参加ください。

日程:2013年 6月6日(木)、6月29日(土)、7月5日(金)、7月27日(土) 
時間:各日とも15時~
詳細:http://cpm.hosp.keio.ac.jp/information
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後編:(参考)がん検診の実際

主要ながんについて、人間ドックにおけるがん検診の状況を、慶應義塾大学病院予防医療センターの検診メニューを通じてご紹介します。

2011年のがんによる死亡原因の順位は、男性で肺、胃、大腸、肝臓、膵臓の順であり、女性では大腸、肺、胃、膵臓、乳房の順になっています(男女計では男性と同じ順位)。ほぼこの順にしたがって解説します。

(1)死亡率トップの「肺がん」

現在、男女を合わせたがんによる死亡原因の第1位は肺がんであり、1993年以降ずっとトップの座を占めています。当センターでは肺がんの早期発見を目指して胸部CT検査(多列検出器によるヘリカルスキャン)を採用しています。集団検診にCTを導入するにはコストが問題になりますが、任意型の検診だからできることです。従来、肺がん検診として行われて来た単純X線撮影は、小さながんを発見することは困難ですし、骨や血管などの影が重なって死角が出来てしまう欠点があります。胸部CTでは5mm以上の病変であれば確実に検出できる検出能を持っています。肺気腫、間質性肺炎、早期の肺結核、心臓の冠動脈の石灰化、大動脈瘤など他の胸部疾患の診断も同時に可能です。

さらに、CTによる内蔵脂肪量の測定も併せて行っており、肺全体はもちろんのこと、肝臓、膵臓、脾臓、腎臓といった腹部の臓器もほとんどが撮影範囲内に入ってきます。そして、得られる情報量は単純X線撮影とは比べ物にならないくらい豊富かつ多様です。なお、単純X線撮影と比較して放射線の被曝線量は多くなりますが、解析ソフトの目覚ましい向上で低線量化が図られ、当センターの平均線量は1.5~2.5mSv程度、一般の方が年間に自然界から受けている被曝量(2.4mSv)を考えると、問題ないレベルまで抑えられています。

(2)早期発見できれば治せる「胃がん」

長らく日本人の死因の第1位であった胃がんは、検診の普及とともに死亡数が低下していますが、罹患率(かかる率)はいまだ日本人のがんの中で第1位を占めています。胃がんは早期発見できれば、ほぼ100%治せるがんですし、内視鏡を用いた低侵襲の治療が可能な時代です。消化器がん検診学会の年次報告を見ると、早期がんでの発見率が増加しており、約60%以上が早期がんで発見されるようになっています。

検診方法としてはバリウム造影X線検査と内視鏡検査の2方法があります。バリウム造影X線検査は対策型検診でも胃がんの死亡率を下げることが科学的に証明されており、比較的簡便に受けられる利点があります。内視鏡検査はバリウムに比べるとやや負担が大きいのですが、当センターでは静脈注射による意識下鎮静法(完全に眠った状態ではなく、わずかに意識がある。完全に眠られる方もいます)を取り入れており、苦痛無く検査を受けられるようになっています。また、内視鏡検査は、がんを含めて病気が疑われたときに、その場で組織を一部採取して(生検と言います)、病理学的検査を行うことができる利点があります。

胃がんのリスク因子として、食生活では塩分摂取の過多、熱い食物などが指摘されて来ましたが、近年、胃がんのほとんどがヘリコバクター・ピロリ菌の持続感染とそれによる慢性炎症を背景に発生することが明らかになりました。幼少期に感染し、慢性に経過するもので、現在3500万人の感染者がいると推定されています。本年2月に「ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎」に対する抗生物質による除菌療法が、公的医療保険の適応になりました。除菌が成功しても100%がんが発生しなくなる訳ではないため、定期的な検診は継続して必要ですが、がん発生のリスクが大きく低下しますし、粘膜の炎症が沈静化することでがんの発見が容易になります。胃がんは早期発見・早期治療とともに、予防を主軸にすえる時代に入ってきたと言えるでしょう。

(3)死亡率増加が著しい「大腸がん」

大腸がんはライフスタイルや食生活の欧米化に伴って急速に増加しているがんの代表です。2003年以降、女性のがん死亡順位1位となり、男性も10年以内には胃がんを上回ると予想されています。大腸がんによる死亡率の増加を抑制するために、厚生労働省は1992年から老人健康保険法に基づいて大腸がん検診の実施に踏み切りました。住民検診、企業検診や、人間ドックなどで広く行われています。

検診法には直接大腸がんの有無を診断する方法として、バリウムを用いた注腸X線造影検査と大腸内視鏡検査があります。しかし、大腸の検査のためには下剤を用いた前処置が必要で受診者の負担が少なくないこと、検査施設のキャパシティの問題などから、スクリーニング法としての便潜血反応法が広く用いられています。肉眼的には把握できない程度の微小な出血を検出するもので、現在は免疫法という方法が推奨されています。免疫法は人間の血液中にあるヘモグロビンという物質にのみ反応するため、食事や薬剤の影響を受けません。便潜血検査が陽性の場合、注腸造影X線検査もしくは大腸内視鏡検による精密検査を受けることになります。

精密検査の方法として最も精度が高いのは全大腸内視鏡検査で、厚生労働省はこの方法を推奨しています。なお、便潜血検査は間接検査なので、偽陰性(病気があっても陰性となること)の可能性と、便潜血検査が陽性でも約30~40%には病変を認めない偽陽性があることを知っておく必要があります。

(4)ウイルスの発見によって予防が進む「肝臓がん」

肝臓がんのほとんど(肝細胞がんと言います)が、B型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルスを原因とした慢性肝炎・肝硬変に合併して発生します。肝炎ウイルスの発がん性に慢性炎症を背景とした発がん機序が関与していると考えられています。慢性肝炎および肝硬変は、以前は国民病と呼ばれるほど多い時代がありましたが、肝炎ウイルスの発見に伴って、輸血時のチェックや母子感染(垂直感染)の予防によって、新たな感染はほとんど見られなくなりました。とはいえ、今も多くの方が持続感染し、肝炎に罹患しています。

肝臓がんの検査としては、まず血液検査で肝炎ウイルスの有無を確認し、肝臓の機能に異常がないかをチェックします。また、画像検査としては、腹部超音波検査が小さい病変を発見することができるため適しています。さらにCT検査やMRI検査も有用であり、腹部超音波検査でなんらかの所見があれば、引く続きこれらの検査によって精密検査を行うことになります。

肝炎ウイルスによる慢性肝炎と診断された方に対して、インターフェロンを含め肝炎治療を行うこと自体が、肝臓がん発生の予防と言えます。近年の肝炎治療の進歩は著しく、近未来には肝細胞がんがほぼ撲滅できることが期待できそうです。

なお、B型肝炎に対してはワクチンによる感染予防が有効であり、配偶者にB型肝炎の患者さんがいらっしゃる方や、医療従事者にはワクチン接種が勧められます。

(5)早期発見が容易でない「膵臓がん」

2011年には膵臓がんが男女ともにがん死亡原因の5位に躍り出ました。がんの頻度そのものは高くありませんが、早期発見が容易でないがんの代表です。膵臓がんの早期発見の試みは種々なされてきましたが、有効な方法はいまのところ確立されてはおらず、少なくとも対策型検診は困難と言わざるを得ません。過去に、早期発見され根治に至った方の多くは、腹部超音波検査やCT検査を受けた際に、偶然、膵管の拡張などの所見が見られたことを契機として、造影CT検査などの精密検査を受けることで診断されています。

当センターでは全受診者が腹部超音波検査および胸部ヘリカルCT(ほとんどの方が膵臓も撮影範囲に入ります)を受けるため、さらには、オプションで上腹部MRの受診が可能であり、膵臓がんの発見率が高くなることが期待されます。もちろん、小さな膵臓がんを発見するには、どの検査法にも限界があることは認識しておく必要があります。

(6)罹患率トップの「乳がん」

乳がんは女性のがん死亡原因の第5位ですが、罹患率は圧倒的な第1位を占めています。乳がんはこの10年で治療法が最も進歩しているがんの一つであり、早期発見が可能な、そして早期治療が可能ながんの代表と言えます。最近は縮小手術、乳房温存術が一般的になってきています。ただし、進行が比較的遅いものから、悪性度が高く全身転移しやすいものまで、多彩な種類があることは認識しておかなければなりません。

最近、乳がん関連遺伝子に変異を認めた有名女優が、予防的に乳房切除したニュースが話題になりました。乳がんの多い家系の研究で乳がんに関係する遺伝子が同定され、その遺伝子に変異がある場合に、かなり高率に乳がんの発生が見られることがわかっているからです。乳がんの5-10%は遺伝的な要因が関与するものがあると言われています。

乳がん検診の具体的な方法としては、マンモグラフィ(乳房X線撮影)と乳房超音波検査の組み合わせで実施しています。乳腺の発達した方、若い方は超音波検査が必要ですし、微細な石灰化を検出し早期発見につなげるにはマンモグラフィが必須です。
 なお、当センターもそうですが、乳がん検診には女性スタッフが対応することが検診率を上げる重要な要素です。

(7)女性は「子宮がん」、男性は「前立腺がん」も

女性では子宮がん検診も重要です。当センターではレディースドックとして、乳がん検査とセットにした専門医による検診を行っています。乳がん、子宮がんと対象を分けたオプションとしても選択可能です。

男性では前立腺がんが最近増加していますが、PSAという腫瘍マーカーが早期発見のきっかけとして有用であり、当センターの人間ドックでは標準の検査項目として採用しています。

また、全身のがんスクリーニングを一度に行えるPET(Positron Emission Tomography)検査も、スーパーがん検診セットとして提供しています。

以上、予防医学・予防医療の実践の一環としての、人間ドックにおけるがん検診の実際を紹介しました。

岩男 泰(いわお やすし)
慶應義塾大学医学部教授・予防医療センター 副センター長
1982年慶應義塾大学医学部卒。内科学教室に入局し消化器内科学を専攻、とくに消化器がんおよび炎症性疾患の診断と治療に従事。都立大塚病院内科医長、慶應義塾大学病院内視鏡センター専任講師、慶應がんセンター診療部長、慶應義塾大学病院包括先進医療センター専任講師等を経て2011年より現職。2012年8月開設の慶應義塾大学病院予防医療センター・副センター長。
日本内科学会認定医・指導医、日本消化器病学会専門医・指導医・評議員、日本消化器内視鏡学会専門医・指導医・評議員、日本大腸肛門病学会専門医・指導医・理事・評議員、消化器内視鏡編集主幹、早期胃癌研究会運営委員、第15回白壁賞受賞。
著書・論文
「イラストレイティド大腸内視鏡挿入法マニュアル」ベクトル・コア、2003年
「大腸疾患の内視鏡診断と治療」診断と治療社、2006年
「消化管ポリポーシス」病態生理FIRST AID, pp 189-193, メディカル・サイエンス・インターナショナル、2007年
「IBD診療のすべて」南江堂、2011年
「Colitic cancerの画像診断」胃と腸 2008年; 43(9):1303-19

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