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前野 隆司『思考能力のつくり方―仕事と人生を革新する四つの思考法』

2013年11月12日

前野隆司
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 教授

「仕事に役立つシステム思考」から「よりよい人生の歩み方」まで

木を見て森も見る方法

いい仕事とは何だろうか。

ベスト・ジョブス・イン・アメリカ(BEST JOBS IN AMERICA)のナンバーワンはシステムズエンジニアだという。CNNの二〇〇九年の調査結果だ。収入、満足度、成長性、ストレス、社会貢献といった指標の総合評価結果だ(ちなみに、私がいま従事している大学教員という仕事は三位だそうだ。悪くない)。

システムズエンジニアとは何か。

CNNの記事を直訳すると、以下のようになる。
「彼らは、主要な交通ネットワークシステムから軍事防衛プログラムまで、様々な大規模で複雑なプロジェクトを「大きく考える(think big)」マネージャーである。必要な技術的スペック(仕様)を決定するとともに、プロジェクトの詳細部分を担当するエンジニアの仕事のコーディネートも行う」

システムズエンジニアというと、日本では情報系のエンジニア(SE)のことと考えられがちだが、本来の定義ははるかに広い。前述のように、都市システムや航空宇宙システムなど、社会システムやハードウェアシステムも含む問題を全体レベルで解決する職種のことだ。つまり、「木を見て森も見る」仕事だ。

システムズエンジニアがアメリカで重要な仕事と位置づけられている理由は、あらゆるシステムが大規模・複雑化し相互に入り組んでいる現在、システムとしてものごとを捉えることの重要度が増しているからだといわれる。このため、システムズエンジニアリングでは、システムの問題を解決するための様々な技法や方法論を教育する。

もちろん、日本でも、ものごとの全体をシステムとして捉えることは極めて重要だ。にもかかわらず、日本人は、大きな視点からものごとをトータルに捉えて斬新な提言を行ったり、未知の問題を解決したりすることが苦手だといわれる。だから、日本でも、システムとしてものごとを捉えるやり方を体系的に教育する必要がある。

システムとは、二つ以上の要素から成り立つものの事だ。本来、システムには、システムズエンジニアが扱う「技術システム」「社会システム」のみならず、「人生」「宇宙」のようなものも含む。

私が所属する慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科でも、アメリカで言われているようなシステムズエンジニアリング(システム工学)を基盤として、技術システムから人間・社会システムまでのデザインを行うための学問体系とその実践法を教育している。つまり、様々な事象をシステムとして捉えられる人材の育成だ。もっといえば、日本の未来のベストジョブを創り出すというミッションを担っているといってもいい。

本書は、私が教育してきたシステムとしての考え方を体系的に述べた本だ。システムとしての物事の捉え方を整理し理解するための方法を、多くの方々にご理解いただけばと思う。ただし、システム工学だけでなく、システム思考、システム科学、システム哲学、システム思想を含む。

人生はシステムである

ところで、システムについて体系的に人に伝えるのはとても難しい。システムとは何かを他人に伝える際に、以下のような、超えがたいパラドックスが存在するからだ。

「システム思考が身についた人にしか、システム思考は理解できない」
「システムについて抽象的に語ると理解されず、具体的に語るともはやシステムの説明ではなくなる」

人生と同じだ。

いい人生とは何だろうか。これも人に伝えるのが難しい。

長老が、「負けるが勝ち」「失敗は成功のもと」「挫折は幸せのためにある」といくら言っても、その境地に達していない人には理解できず、単に説教に聞こえる。

失敗を糧に何度も苦労した結果として、何かコツのようなものをつかむまでは、成功への道筋を実感として理解することはできない。そのような実感を経験したことのない人には、抽象論は理解しがたい。一方、有名人や成功者が具体的に語ると、美談としては理解できるが、自分の問題としてはやはり理解できない。

長老が、「世界と自己は一体である」「自己を捨てることによってこそ自己は生きる」「なすがままにまかせよ」といっても、抽象的過ぎて、なんのことだかわからない。説教にすら聞こえない。だからといって、なすがままに生きる自分の生活について長老が具体的に説明しても、若者には退屈な逸話にしか聞こえない。

人生のパラドックスがシステムのパラドックスと相似形である理由は、人生がシステムだからだ。つまり、人生というのは、様々に入り混じった大規模で複雑な事象の関係性の中で、延々と判断を繰り返す、自己システムのデザイン&マネジメントだからだ。

人生のパラドックスを超越した先に見えてくるもの

世の中には様々な本が満ち溢れているが、どの本も一面的だ。なかなか、システム全体を捉えることができない。本書も、有限な内容なので一面的かもしれないが、ものごとを考えるときに必要な目前の要素から、人生、人類、世界というホリスティック(全体的)システムまで、その全体像のつながり方を、工学・科学・哲学といった学問分野を超えて語るという意味では、当然ながら、その一部を述べた本よりも多面的かつ包括的だ。

あらゆる仕事を行ったり、あらゆる人生を歩んだりする際に、その基盤・基軸となるような、大げさに言えば仕事と人生のバイブルになるような内容を、読者の皆さんにお伝えできればと思っている。

「仕事に役立つシステム思考」から「よりよい人生の歩み方」まで、これまでの日本の教育に欠けていた部分を体系的・網羅的に述べた本だといってもいい。

システムズエンジニアの定義を人生に拡張するなら、「あなたは、仕事から家庭まで、大規模で複雑な人生を「大きく考える」マネジャーである。あなたは、様々な要因を考慮して人生の目標やビジョンを決定するとともに、日々の生活上のさまざまな事柄の調整も行う」ということになる。そのハウツーをシステマチックに述べた本だといってもいい。

ところが、何らかの事柄について説明する本(説明文)というシステムも、システムなので、当然ながらシステムとしてのパラドックスに従う。

本の説明内容が身についた人にしか、その本の内容を理解できない。
しかし、その本の内容が身についた人には、もはや知っているのだから、容易すぎて退屈である。
逆に、身についていない人には、完全には理解できないから、難解すぎて眠くなる。
しかも、本書は、システムについて語る本だから、システムについて抽象的に語ると理解されず、具体的に語るともはやシステムとしての理解ではなく、局所的な部分の理解に陥る。

ある作家の方が、ある名著を子供のころに読んで感動したが、大人になって読むと全く別の意味で感動した、と言われていた。すばらしい本だ。

本書も、できれば、システムについての理解がまだ浅い段階、深めつつある段階、よくわかるようになった段階で読んでいただき、それぞれのフェーズに応じて様々なことを受け取っていただけたなら、本というシステムのパラドックスを超越できるのではないかと思う。

もちろん、どなたにも一度読んだだけでご理解いただけるよう、最善は尽くしたつもりなので、読者の方に、本のパラドックス、システムのパラドックス、人生のパラドックスを超越していただけたらと願っている。
 

前野隆司著『思考脳力のつくり方―仕事と人生を革新する四つの思考法』の「はじめに」より著者および出版社の許可を得て編集転載。無断転載を禁ずる。

前野隆司(まえの・たかし)
1984年東京工業大学工学部機械工学科卒業、1986年東京工業大学理工学研究科機械工学専攻修士課程修了、同年キヤノン株式会社入社、1993年博士(工学)学位取得(東京工業大学)、1995年慶應義塾大学理工学部専任講師、同助教授、同教授を経て2008年よりSDM研究科教授。2011年4月よりSDM研究科委員長。この間、1990年-1992年カリフォルニア大学バークレー校Visiting Industrial Fellow、2001年ハーバード大学Visiting Professor。
主な著書に『システム×デザイン思考で世界を変える 慶應SDM「イノベーションのつくり方」』(日経BP社)、『思考脳力のつくり方 仕事と人生を革新する四つの思考法』(角川oneテーマ21)、『「死ぬのが怖い」とはどういうことか』(講談社)などがある。

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