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ピックアップレポート

2014年05月13日

浅川 和宏「経営戦略 グローバル展開に挑む」

浅川 和宏
慶應義塾大学大学院経営管理研究科 ビジネス・スクール教授

海外進出に二律背反の目標

経営のグローバル化はジレンマも抱える。グループ内での標準化か現地適応か、本社への集権か分権か、という二律背反の議論は米欧でもかなり以前から続いていた。

1980年代後半にC・K・プラハラード(米ミシガン大)とイブ・ドーズ(フランスINSEAD)がこうした目標は両立すべきだと唱えた。

さらにクリストファー・バートレット(米ハーバード大)とスマントラ・ゴシャール(英ロンドンビジネススクール)がグローバル統合と現地適応を両立できる経営を「トランスナショナル経営」と呼び、グローバル経営のモデルにすえた。

最近はさらに複雑なジレンマがある。米欧の競争力が相対的に低下する一方、中国やブラジルのような新興国の地位が高まっているためだ。新興国は単なる大市場ではなく、生産力が向上する。

新たなジレンマは(1)自国の優位を生かしながら自国中心主義の弊害をどう克服するか(2)自社の経営資源を活用しながら自前主義の弊害を回避できるか(3)先進国で経営を維持しながら固定観念にとらわれず新興国向けにもビジネスを展開するのは可能か――などだ。

新興国と先進国ではしばしばビジネスの仕組みが異なるが、いかに価値基準の異なる経営を両立しうるかが鍵といえよう。こうした多元的社会においては、最も優れた経営ではなく最も適応力のある経営こそ威力を発揮すると考えられる。

今回のシリーズに登場した武田薬品工業、ユニ・チャーム、三菱ケミカルホールディングス(HD)の3社はいずれもトップがグローバル化を目指すと明示するとともに、必要なマネジメントの仕組みを整備した。次回からはグローバル経営の諸課題をめぐるテーマを抽出、論点を明らかにしていく。

研究開発の外部・自前は柔軟に

近年の急速なイノベーションにより、日米欧の多くの企業は自前主義での技術開発の限界を悟った。研究開発(R&D)で外部と連携するオープン化の流れが加速している。

外部の企業や団体の資源を活用すれば、最先端の技術や知識を素早く効率よく獲得できるので魅力的だ。だが、自前の技術開発が利点を失ったわけではない。外部連携を進める場合でも、他の企業や団体から最先端技術の知識を探し、獲得し、活用する能力が求められるからだ。これは 「吸収能力」 と呼ばれる。社内での地道な技術開発の努力で得られる力だ。

技術を外部に依存する 「オープンイノベーション」 で成功した企業は社内に強い技術力を保有する。米企業のIBMやプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)などが、その典型例である。

武田薬品工業はオープンイノベーションを推進すると同時に、R&Dへの投資も充実させる方針だという。社内外の技術のバランスを保つ一つの方法である。オープンイノベーションは短期的には効率が良いが、長期的には自社固有の技術開発能力を弱体化させる可能性がある。外部依存、自前主義のいずれも過度にせず、適当なバランスを保つことが重要なのだ。

海外でオープンイノベーションを進めるには、経営トップの強い支持と理解が欠かせない。特に自国の技術優位や自社の競争力が高い場合、現地法人による外部とのR&D連携は本社から、リスクの割にメリットが少ないと考えられがちだ。

さらに一般には、本社の研究者が社外発の技術に強い反発心を抱くことが多いともいわれる。
このようにオープンイノベーションには障害も多い。だからトップが大局を判断、海外の大学やベンチャー企業などとの連携の重要性を社内に明示して主導する必要がある。武田薬品工業の長谷川閑史社長のリーダーシップは注目に値する。

買収後の組織統合は忍耐強く

企業買収による海外展開の利点は多い。足りない技術、資金、人材といった経営資源を進出先で迅速に確保できる。現地での事業ノウハウも学べる。自社ブランドの認知を短期間で高めるうえでも企業買収は有効だ。

ベンジャミン・ゴメスカサレス(米ブランダイス大)は買収を含む企業同士の戦略的提携の主な目的として(1)サプライ(供給)(2)ポジショニング(位置取り)(3)ラーニング(学習)をあげた。

再び武田薬品工業の事例を見よう。同社にない製品や専門家を獲得した(供給を受けた)米バイオ医薬品企業ミレニアム・ファーマシューティカルズの買収はサプライ型だ。新興国市場に幅広い販売網を展開するスイスの製薬会社ナイコメッドの買収は市場における地位向上を狙ったポジショニング型と分類できる。米英のバイオベンチャー買収はノウハウ獲得が狙いの学習型といえる。

海外企業の買収には課題も多い。買収先を選ぶ段階では、相手企業の思惑を十分に理解できない場合がある。そうなると経営理念、価値観、戦略の方向性が自社と融和するかどうか不透明だ。交渉段階での徹底したコミュニケーションが必要だが、実際には時間に余裕がない場合も多い。

交渉相手がなじみのない企業の場合、中途半端に時間をかけると社内の反対で買収が中止になる例もある。ロバート・スペックマン(米バージニア大)は、こうした流動的な環境で買収先選びに長い時間をかけない企業が極めて多いと論じる。

企業買収後の両組織の統合も簡単ではない。買収に伴う企業理念、企業文化、戦略、システムの変革も容易ではない。結果的に短期間で統合を解消する例も珍しくない。

だからこそ、買収後の組織統合を忍耐強く進めていく覚悟が経営トップには求められる。組織統合を促す熱意やコミットメント、成功に対する確信を抱き、強く示さないと経営はできないのだ。

新興国は技術革新の宝庫

新興国でもイノベーション(技術革新)が起こる。イブ・ドーズ(フランスINSEAD)は「まさかと思われる場所」も含めた世界中から知識や情報を獲得、それを活用して世界規模で優位性を構築する「メタナショナル経営」を唱えた。

三菱ケミカルホールディングスの小林喜光社長も、先進国の技術独占は幻想だと語った。汎用品は海外、高機能品は国内で生産という 「単純な話ではなくなった」 という指摘の背景にはメタナショナル経営がある。先入観にとらわれる 「認知的ロックイン」はグローバル競争で足かせとなる。

ユニ・チャームは10年先の市場を予測して新興国戦略を策定する。潜在需要を予測するには、固定観念にとらわれず高度に研ぎ澄まされたアンテナ役となる有能なスタッフが必要となる。同社の高原豪久社長の考えもメタナショナル経営の発想に基づいているのだ。

新興国では先進国の高機能・高付加価値型と異なり、生存に不可欠な質素な(フルーガル)需要に応えるタイプのイノベーションも起こる。電力や通信などインフラの不整備、原材料や資金の不足、購買力の欠如などの制約条件を克服する 「フルーガルイノベーション」 と呼ばれる。新興国で起きた後に先進国でも応用されることがある。

これは米ゼネラル・エレクトリック(GE)のジェフ・イメルト会長兼CEOらが唱える 「リバースイノベーション」 につながる。シンプルな機能の低価格品を新興国向けに開発・販売、次に先進国にも投入する。新興国はイノベーションの宝庫だ。

「海外事業は重要」と強く示す

海外進出によって企業の組織のグローバル化が進むと、スタッフの国籍、文化、言語が多様になり、全体を統合する求心力が求められる。こうした組織を束ねるには運営や作業の標準化だけでなく、対面でのコミュニケーションも求められる。

文書のような 「形式知」 の整備と同時に、言語への変換が難しい 「暗黙知」 を共有するコミュニケーションを地道に続けることが有効だ。ユニ・チャームは価値観を明文化した 「ユニ・チャームウェイ」 を整備したうえで社内コミュニケーションを積み重ね、多様化する組織を束ねている。

グローバル企業をまとめるには、世界に通用する理念や価値観の構築も役立つ。三菱ケミカルHDが掲げる 「KAITEKI」 企業は地球の持続性への貢献をアピール。武田薬品工業の 「タケダイズム」は、誠実さなど人類の普遍的な価値を柱とする。

C・K・プラハラード(米ミシガン大)らは経営の根幹に関わる方向性を 「経営のドミナントロジック」 と呼んだ。グローバル化へのドミナントロジックをトップが示せば社員も安心してビジネスにまい進できる。

ユニ・チャームが打ち出すドミナントロジックは、エース級社員を10年は海外に駐在させるという決定だ。これが 「海外事業は重要」 というメッセージを強く示すので、多くの有能な社員が海外赴任を希望するのだ。

赴任先の国や地域で独特の慣習やノウハウを学んだ帰任社を本社でどのように活用するかも肝要だ。それでもグローバル人材を日本人だけに求めるという発想には限界がある。日本企業も国籍を問わずに優れた人材を世界中で発掘し、活用していく時代になった。

これはスイスのネスレなど先行するグローバル企業ではすでに普通のことになっている。多くの日本企業にとって、こうした多国籍人材の活用が今後の重要課題となる。

日経ビジネス人文庫『経営者が語る戦略教室』第5章「グローバル展開に挑む」の”読み解く”より著者と出版社の許可を得て転載。無断転載を禁ずる。

浅川 和宏(あさかわ・かずひろ)
浅川 和宏

  • 慶應義塾大学大学院経営管理研究科 ビジネス・スクール教授
1985年早稲田大学政治経済学部卒業、日本興業銀行勤務を経て、ハーバード大学ビジネス・スクール経営学修士(MBA)、INSEAD経営学博士(Ph.D.)取得。慶應義塾大学講師、助教授を経て2004年より現職。MIT客員研究員、(独)経済産業研究所(RIETI)ファカルティー・フェロー、文部科学省科学技術政策研究所(NISTEP)客員研究官などを歴任。2009年より米国経営戦略学会(SMS)学術誌 Global Strategy Journal誌のAssociate Editor。専門はグローバル戦略、多国籍企業経営、グローバル・イノベーション論。
著書に『グローバル経営入門』(日本経済新聞出版社)、『グローバルR&Dマネジメント』(慶應義塾大学出版会)がある。
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