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中原 淳「会社の中はジレンマだらけ 現場マネジャー「決断」のトレーニング」

2016年04月12日

中原 淳
東京大学 大学総合教育研究センター准教授

世の中はジレンマに満ちています。

ジレンマとは何か。本書では「どちらを選んでもメリットもデメリットもあるような二つの選択肢を前にして、それでもどちらにするかを決めなくてはならない状況」をそう呼ぼうと思います。

わかりやすく言えば、「あちらを立てれば、こちらが立たない」「にっちもさっちもいかない」、そんな「タフなシチュエーション」のこととお考えください。

企業・組織にはさまざまなジレンマが生じますが、最も深刻なジレンマに直面するのは、経営のフロントラインに立ちつつ、現場のメンバーや顧客と対峙しているラインマネジャーです。マネジャーは、現場で人にまつわるあれこれを処理する存在であり、それゆえ「どっちを選ぶべきか」という判断を迫られることが多いのです。英語の「manage」はもともと「やりくりする」という意味であり、マネジメントの本質を「ジレンマのやりくり」と述べた研究者もいます。

たとえば、部下育成においては、
「コーチングとティーチングのジレンマ」
というものがあります。

部下育成に悩むマネジャーが、マネジメントの教科書のような本を読んだとします。そうした本にはたいてい、部下にはティーチングする(教え込む)のではなく、コーチングする(本人の気づきを促す)ことが重要だと書いてあります。

しかし、マネジャーが実際にコーチングを試してみると、部下は自ら気づくどころか、自分のやり方をなかなか譲らない。それにコーチングばかりしていると、メンバーそれぞれの仕事の進め方や、仕事に対する理解度がバラバラになってしまい、職場全体における仕事の標準化が進まない。

ならばと、マネジャーが思い直して、ティーチングで部下を従わせようとすると、今度は職場に「やらされ感」が漂い、メンバーたちの活気が失われてしまう。

そんなとき、「一体どうすればいいんだ」とマネジャーは自問自答し、煩悶することになるわけですが、最終的には決断を求められます。煩悶しているだけで、マネジャーは成果を出せません。成果を出すために、彼・彼女は「決断」しなければならないのです。先ほどの問題に関して、読者のみなさんが同じ立場だったら、どんな決断を下しますか。

一方、企業というものがもともと内包しているジレンマもあります。たとえば、人材育成の分野では、しばしば、「新卒採用と中途採用はどちらがいいのか」という議論が繰り返されます。

新卒を採って、白紙の状態から育成すれば、組織に対するコミットメントを高めてもらうことができます。ただし、それには多大なコストを要します。他方、中途採用では即戦力をそろえることが可能です。けれども、すでに色がついている中途採用者の中には、組織の期待に見合うほどの成果を出せない人もいます。

これもまさに「にっちもさっちもいかない状況」ですが、こうしたジレンマに直面したとき、企業では、新卒と中途、それぞれのメリットとデメリットを勘案し、どちらを採るべきかを決断しなければならないのです。

このように、企業や組織で働いていれば、ジレンマに陥ることは多々あります。しかし、そのような局面において、私たちは「行き当たりばったりの対応」をすることを許されていません。決断のためにいったん立ち止まって考えるのはかまいませんが、ジレンマを前に逡巡し続けたり、そうした状況をやり過ごしたりすることはできません。

ジレンマに直面した場合、一般的にマネジャーは以下のように対処します。これをジレンマ・マネージング・モデルと呼ぶことにします。

【ジレンマ・マネージング・モデル】

  1. ジレンマを観察する
  2. ジレンマを理解する
  3. 決断する
  4. リフレクションする(振り返る)

ジレンマに追い込まれたとき、いきなり動きだすのは禁物です。まずやるべきことは、いったん立ち止まって、状況をじっくりと「観察」することです。そのうえでジレンマの構造を「理解」します。そして観察と理解に基づいて「決断」を下し、前に進みます。

当然、決断には何らかの結果がともないます。「リフレクション(振り返り)」とは、決断から導き出された結果を振り返り、さらに未来への一歩を構想することにほかなりません。こうしたプロセスを日々繰り返しながら、マネジャーはジレンマに対処することになります。
そして、このジレンマ・マネージング・モデルのサイクルを回し、決断を下した回数だけ、マネジャーは成長します。

これから本書では、組織に満ちあふれるジレンマをたくさん取り上げ、それぞれについて実務家はどう考えるか、アカデミックにはどう考えるか、ということを論じ合っていきます。

読者のみなさんには、私たちの議論を参考にしつつ、こうしたジレンマに陥ったときに自分だったらどうするか、紙上で決断していただければと思います。たとえ紙上の仮想の決断であっても、こうした経験をくり返すことが、現場マネジャーのトレーニングになると筆者たちは考えています。

筆者の一人である僕(中原)は、「人材開発(人的資源開発)」を専門とする研究者です。これまで十数年にわたって、多くの企業と一緒にマネジャーやリーダーの育成プロジェクトに従事してきました。まだ、現在は、大学の研究部門の部門責任者として十数名のスタッフを率いています。本書では、これまでの研究成果と経験を織り交ぜながらお話をしようと思っています。

もう一方の著者は、ヤフー株式会社の本間浩輔さんです。本間さんは、大学卒業後、シンクタンク勤務をへて、起業を経験され、現在はヤフーの上級執行役員(コーポレート統括本部長)として人事の責任者をなさっています。同社では、さまざまな人事制度改革に携わってこられ、日本の人事パーソンの間でも一目置かれる存在です。本書では、本間さんがこれまでに経験してこられたことや、人事の現場で身につけてこられた知恵についてもお話しいただけると思います。

著者二人が知り合ったのは、本間さんが、慶應丸の内シティキャンパス(慶應MCC)で僕が主宰している授業「ラーニングイノベーション論」(人材開発の基礎知識を学ぶ半年間の社会人向け講座)の門を叩いてくださったのがきっかけでした。以来、いろいろな場面でおつき合いさせていただいています。二〇一四年からは、アサヒビール、インテリジェンス、電通北海道、日本郵便、そしてヤフーの社員が北海道美瑛町で実施する異業種コラボレーション研修「地域課題解決プロジェクト」をともに企画、運営してきました。僕は、本間さんからの依頼を受けて、この研修の監修・ファシリテーターを務めています。

対談では、僕と本間さんが、現場のマネジャー層が抱えやすいジレンマと向き合い、本音のトークをするように心がけたつもりです。各章の冒頭では、架空のマネジャー「Aさん」が直面しているジレンマを取り上げ、関連する話題について二人が議論した後、章末でそれぞれが「自分ならこうする」と決断を述べています。読者のみなさんもぜひ、筆者らの語りに耳を傾けながら、Aさんのジレンマを観察し、理解し、自分ならどんな決断を下すかを考えてみてください。本書が、皆さんに「紙上での決断経験」を提供し、この読書経験が「現場の決断」の準備トレーニングになったとしたら、筆者としては望外の喜びです。

  ジレンマを抱えても大丈夫
  向き合うこと、決断すること、そして、振り返ること
  きっと出口はあるから

二〇一六年 四月・本郷キャンパスにて
 

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会社の中はジレンマだらけ 現場マネジャー「決断」のトレーニング』の序章を著者と出版社の許可を得て改編。無断転載を禁ずる。

中原 淳(なかはら・じゅん)
  • 東京大学 大学総合教育研究センター准教授
東京大学大学院 学際情報学府准教授(兼任)。北海道旭川市生まれ。東京大学教育学部、大阪大学大学院人間科学研究科を経て、文部科学省メディア教育開発センター助手、米国・マサチューセッツ工科大学客員研究員、東京大学 大学総合教育研究センター講師、2006年より現職。2003年、大阪大学にて博士号取得。専門は教育学(教育工学)。「大人の学びを科学する」をテーマに、教育学の観点から、企業・組織における人々の学習・成長について研究している。

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