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ピックアップレポート

2016年05月10日

高田 朝子「女性マネージャー育成講座」

高田朝子
法政大学ビジネススクール(経営大学院イノベーション・マネジメント研究科)教授

はじめに「時代を読む」ためのオリエンテーション

 

「女性幹部を育てろ!」の突然の大号令

ここ数年、「女性管理職」「女性マネージャー」「女性リーダー」などをテーマに講義依頼を受けることが急激に増えています。そしてビジネススクールの授業でもこれからのテーマは、頻繁に取り上げられるようになりました。私がMBAの学生だった20年前には、まったく考えられない事態です。

職場でも女性と男性の差は少なくなってきました。もちろん、職場の種類にもよりますが。女性が経営戦略などにも深くかかわり、重要な意見を述べる機会も確実に増えてきました。改めて女性たちが企業内で活躍できる環境を整えようとする世間の風が吹きはじめているのを肌で感じています。

そのきっかけの一つが「女性管理職を育てろ!」の大号令が管理職や人事部の人たちに対して働きかけられるようになったことです。同時に、男性たちが熱心にこのテーマについて勉強をはじめていることがあるのでしょう。

しかし、女性管理職の育て方にのみ焦点を当ててみると、見える景色が一変します。女性を育てようとするプロセスがまだまだ曖昧で、そのやり方には男性たちの思い込みがチラツキます。女性たちを取り巻く環境と、企業がやろうとしている実態が大きく乖離しているのです。でも、それもしかたがないのかもしれませんね。

政府が2003年に発表した「2020年までに女性管理職を30%までにする」の目標が10年近くたち、さまざまな調整を経て、現在では、「女性の活躍推進は成長戦略の要」に据えられました。今まで少数派のいわば、異邦人だった女性管理職が国の政策の重要課題として、突然、脚光を浴び、メインストリームに押し上げられたのですから。

突如、こうして政治によって大きく舵が切られたことで、日本企業は現状11%程度の女性管理職比率を30%にしなければならず、かなり思い切った施策をとることを企業が求められるようになってきたのです。

この条件を満たすには、早急にクリアにしなければならない課題が山積しています。ところが、そこを棚上げして、女性管理職の頭数を増やすことに企業は焦点を当て、動きはじめているのです。その背景には人口減少による労働力不足の問題があります。

企業が動き出したことで、管理職、マネージャーやリーダーという肩書きのある女性が周りに増えることは、OECD(経済協力開発機構)の女性管理職比率がアメリカ43.7%、フランス38.4%などと比較しても11.1%と断トツに低い日本にとって、喜ばしいことです。

ところで、「女性管理職比率の問題」を「個人の問題」としてとらえたときに、彼女たち自身が心から喜んでいるのか。そこのところが正直、私には疑問です。それというのも、30代、40代の女性たちと話しをするときに、

「上司からマネージャーや部署やチームをまとめるリーダーにならないか、とあなたが打診されたら、本音の部分でどう返事をしたいの?」

と尋ねてみると、

「えっ、断ってもいいのならば、もちろん、やりたくないです。仕事自体は好きですよ。でも、課長や部長になりたいと思ったことがありませんし、まして役員などはもってのほか。仕事の量はもちろんのこと、精神的な負担も含めて責任がこれ以上、増えるのは困りますから」

と、言われることが多々あります。本来、昇進に貪欲であるはずのMBAの学生すらそのような答えをすることがあるのです。こんな気持ちを内心、抱えている女性たちに管理職、マネージャーやリーダーとして活躍してもらいたいなら、彼女たちが抱える不安要素を正直に打ち明けられる場を設けることが必要です。その上で企業側としては、それに一つずつ説明をし、丁寧に取り除いていく必要があります。

男性側の本音に気持ちを添わせてみると、どうでしょう?

男性たちの周りには同じ管理職という立場で働く女性達が少なく、女性が何を考え、何を望んでいるのかを皮膚感覚で知る機会が、なかなか見つからないと嘆きます。女心がつかみきれない男性管理職の人たちは、国の方針と女性たちの思いの板挟みの中で、どう動けばいいのか、その方向性がわからず、ただただオロオロしているようにも私には見えます。

ここは組織行動学の研究者として、どうにかしなければならない。そんな思いに背中を押されて、「女性マネージャー論」を本としてまとめてみたいという気持ちになったわけですが、それは私自身が男性社会の中でキャリアを積み、仕事をする上で苦労してきたことも影響しています。20代、30代で純粋に経営学を学びたい、知りたい、社会で力を試したいと望んだのですが、いくつかの高くそびえる社会の壁にぶち当たったことが幾度となくありました。

最初に少し自身のことに触れます。私は大学卒業後、米国の投資銀行の東京支店勤務を経て、日本と米国でMBAを取得。博士課程に進学して学位取得後、都内の大学で学部の教壇に立ちながら母校の慶應ビジネススクール(KBS)にて非常勤で後輩のMBA学生たちを教えました。その後、法政大学のビジネススクールにうつり、経営大学院イノベーション・マネジメント研究科(通称イノマネ)で教壇に立っています。

日本のビジネススクールで社会人学生を教えるという点において、特に女性教員の中では最も長いキャリアを持つひとりになることができました。一方で、プライベートでは、結婚、出産、子育てをしながら社会とかかわりつつも、何度も居心地の悪さや挫折を味わってきました。

まず、慶應ビジネススクールの学生のときは、生後3ヵ月の長男を抱えながら通学していたので、ワーキングマザーならぬ学生母でした。当時の私が住んでいた地域は、保育所難民多発地帯で子どもを預けるところが近所になく(役所に話しを聞きに行ったら、「生活のために働くならまだしも、学校に行くのでは・・・・・・」と鼻で笑われました)、両実家や年配の友人宅やシッターさんなど我が子を預けられる場所を求めて、赤ん坊を連れて右往左往。その合間に膨大な課題をこなしていました。

KBSの同期が88名、そのうちの10名が女性で、比率で言えば、たった11%。女性でMBAを取得する人がまだまだ珍しく、女性が学びたいと願ってもそれを叶える社会環境が整っていなかったのです。

これが私自身のキャリアを積み上げるまでの簡単なストーリーですが、女性のMBAのことで言えば、最近は、どこのビジネススクールでも女性比率は30~40%ぐらいですので、この20年あまりで3、4倍になり、女性の学習欲求を満たしてくれる場は確実に増えています。

ビジネススクールだけではありません。4年生の大学に目を移すと大学進学率においても女性の伸び率は、1983年の12.2%から2013年は45.6%と4倍になりました。法政大学のキャンパスを眺めてみても女性が男性と確実に肩を並べています。多くの学部で主席卒業者が女子学生であることは、珍しいことではありません。

10代、20代の彼女らには学問においては、すでに男も女もありません。専門知識を身につけた上で、社会に巣立っていく女性たちが増えてきているのですが、これは将来、女性管理職、女性マネージャーやリーダーとして活躍できる素地のある人たちが育つ土壌ができつつあることを意味しているのです。

女性管理職比率を増やそうという方針は、政治主導で外枠から掲げられたとはいえ、素地がある若い人たちが次々と育ってきているのですから、合理的なものと言えます。彼女たちが職場で遠慮なく力を発揮したいと思える環境、人間関係を作っていける環境が今、企業に求められているのだと思います。こんなふうに言うと、

「女性マネージャー問題はわかる。でも、私は人事担当でもないし、会社の役員でもないので関係ない。私が住む世界から遠いところの話」

と、主張される男性もいるかもしれませんね。でも、説明したように優秀な女性たちが、部下や後輩となることがますます増えてくることは確実です。また、日本企業が世界との経済競争の中で厳しい状況に置かれていくことも予測できます。

そんな中で彼女たちが、仕事で思う存分、力を発揮できるような人間関係や働きやすい環境用意すること。それは彼女たちが将来、喜んで管理職、マネージャーやリーダーとして育っていくことへとつながります。ひいてはそれが企業に進化、発展していく強い味方になっていくのではないでしょうか。

つまり、今こそ「女性幹部を育てろ!」の大号令をカタチだけでなく、中身のあるものにすることが必要なのです。本書講座では、この答えをあなたと一緒に順序だてて考えていきたいと思います。

平成28年3月吉日

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女性マネージャー育成講座』の序章を著者と出版社の許可を得て改編。無断転載を禁ずる。

高田朝子(たかだ・あさこ)
  • 法政大学ビジネススクール(経営大学院イノベーション・マネジメント研究科)教授
モルガン・スタンレー証券会社勤務をへて、サンダーバード国際経営大学院国際経営学修士(MIM)、慶應義塾大学大学院経営管理研究科経営学修士(MBA)、同博士課程修了。経営学博士。専門は危機管理、組織行動。
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