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田口 佳史『ビジネスリーダーのための「老子」道徳経講義』

2018年03月13日

田口佳史
東洋思想研究家、株式会社イメージプラン代表取締役社長

私と「老子」の出合い、そして長い付き合い

 私は二十五才の時、記録映画の監督として、タイ国バンコク市郊外の田園地帯の真ん中にいた。
そこで私は、突然巨大な水牛二頭に襲われ、内臓も飛び出す重傷を負って、病院に担ぎ込まれた。
 生死の境を行ったり来たりする日々が続いた。
 やがて微かに行き先に、一点の光明が見えて来た頃、「老子」と出合ったのだ。
 在留邦人の方が差し入れてくれた書物の中にあった。
 この難解な本が、心に沁み入るように理解された。
 剥き出しになった私の魂と老子の魂とが、真剣勝負で出合ったのかもしれない。
 それから五十年、私は「老子」を読み続けた。
「老子」にどれほど助けられたかしれない。
 真っ先に助けられたのは、死の恐怖に、身も凍えるほどに落ち込んでいた私に、死とは何かを教えてくれた事に始まる。
「老子」はこういうのだ。
 全ての物(万物)は、そもそも宇宙の根源「道」に住んでいる。
 ある日その故郷を出てこの世に生まれ出る。いわば旅行に出るのだ。
 人生という旅は「道」から出てそのまま遠ざかる。やがて折り返し地点が来る。そこで折り返して、今度は「道」に向かって進んで行く。
 やがてまた「道」に入って帰る。それをこの世では死という。
 何だ、と思った。死ぬとは故郷の母の元に帰る事なんだ。この世に未練はあるが、故郷に帰るんだから、そんなに悪いことではない。
 死の恐怖が半減した事はいうまでもない。
 その日から恐怖なく眠れた。そのお陰で随分回復が早まったように思う。
 その後、夢にまで見た帰国を果たし、更に退院するまでには、多くの難題が待ち受けていたが、それも「老子」が助けてくれた。
 社会復帰の時になり、三十歳の時起業して会社を立ち上げて二十年、五十才まで、悪戦苦闘の日々の連続に見舞われたが、この間も励まし続けてくれたのは「老子」であった。
 五十才になって、それまでの業種から「中国古典」の講義によるリーダー育成に業態を完全に転換した。その時改めて「生きる指針」つまり座右の銘を求められた。
 惑うことなく選んだのは、「老子」からの言葉であった。

「足るを知る者は富(知足者富)」
 感謝の気持ちをもって生きようという事だ。
 ここまで来るまでにも、随分助けてもらった言葉だ。
 忘れない為、しっかりと身に付ける為には、いつも口に出して言い続ける必要がある。何か良い方法はないものかと考えた。
 ちょうどその時犬を飼う事になった。
 そうだと思って、その柴犬の名前を「とむ」にした。
 こうしておけば、いつも犬を呼ぶ。その度に座右の銘を思い出す事になる。
 もっと言えば、「こんな可愛い犬がいるのに、他に何を望もうというのか」と私欲も半減する。
 二十年経ったいま考えてもこれは大成功であった。その後「富」は十七年間生きてくれて今年(二〇一六年)二月に「道」に帰って行った。
 六十才からは、誠に「老子」のお陰で愉快な人生を暮らしている。年を取るほど益々愉快になる。
 その秘訣も「老子」に教えられた。
 それを少々披瀝しよう。

「老子」を読んでもらいたい人

 私は本来次の様な人間であった。
 取るに足らない事にも気を遣うタイプ。何時も悩みを抱えて、心が重い日々を過ごしている人間だった。
 だから常に気が休まる暇がない。四六時中何かを心配して生きていた。
 勿論私には良い所も沢山あったが、むしろ欠点の方が何倍も多いような人間であったと思う。
 そんな私がいま気になってしょうがないのは、こういう昔の自分と同じようなタイプの人が、悩み深く生きている姿だ。
 根が善人だからこそ、真面目だからこそ損をしている人が、とても多いように思えるのだ。
 それは昔の自分を見ているようで黙って見過ごせない感じがする。
 私は「孫子」を含めて中国古典に助けられた。そのお陰でほんとうの満足いく人生、愉快な人生、あるいは人生の醍醐味を、いま味わう事が、出来ている。
 これを一人でも多くの人に伝えたい。
 伝えて、余計な苦労、避けられる悩み事から逃れてほしいのだ。
 そんな気持で暮すのでは人生がもったいない。
 なぜなら人生とは、楽しむ為にある。
 感動し、感謝する為にあるのだ。
 是非この事を知って欲しいのだ。

いま何故「老子」か

 人生は実に難しい。
 一寸先は闇だ。何が起きるか解らない。
 更に、良いと思ってやった事が、終わってみれば、悪い事になっているなど、しょっちゅうの事だ。
 信じて付いて来た人に、突然裏切られたり、何気無く吐いた一言で、長年の親友を失ったりする事だってある。
 この世って、一体何なのだ。どうなっているんだ。
 とても私などの手に負えるものではない。
 何か最良の生き方を伝授してくれる人はいないものか。
 誰に聞くのが一番良いのだろう。
 当たり前のことだが、この世を造った張本人に聞くのが一番良いのに決まっている。
 何故なら、物ごとには造り手の意図があらゆるところに行き届いているものだ。こうして使ってほしいとか、この様に動かしてくれればとかいう願い、つまりこれがそのもの事を旨く使ったり、動かしたりする秘訣なのだが、これが籠められているものなのだ。
 そうだ! その産みの親に聞いてみよう。
 ところで、この世の産みの親って、一体誰なんだ。
「道」だ。
「道」がこの宇宙を造り、天と地を造り、万物、この世に存在する全てを造ったのだ。
 私もあなたも、道が造った。いわば道こそが、真の母親といえるのだ。
 だから、この世の生き方、円滑に順調に愉快に生きる生き方こそ、道に聞くべきなのだ。
「老子」という途轍も無く広く深い大きな人物が、この宇宙の根源である道と対話を繰り返して、道が願う最も円滑に順調に愉快に生きる生き方を示したのが、この「老子『道徳経』」という書物なのだ。

 そうだ。老子の紹介をしておかなくてはならない。
 ところが大したことは解っていない。司馬遷の『史記』には次の様に書いてある。
「老子は楚の国の苦県の厲郷の曲仁里の人。名は耳、字は耼、姓は李氏」
(というから老子の本名は、李耳ということになる)
「周の国の守蔵室の史なり。」(図書館の司書のようなものだ)
 そこで孔子が老子に会いに行ったエピソードが語られている。要点だけ記せば、そこで老子は孔子をこっぴどく叱るのである。
「子の驕気と多欲と、態色と淫志とを去れ」(君の人より優秀になろうという気持と、何でもやってやろうという欲張りなところ、威嚇を示そうとするその姿勢と顔つき、人に上まわろうといういやらしい志を、すぐに排除せよ)
 そういわれた孔子は弟子に語るのだ。
「老子という人はまるで龍の様な人であった」
 この“龍の様”というところが実によく老子を表していると思うのだ。言わんとするところは、今までの常識ではとても捉えられない人だった、というのである。
 その老子が周を去り、県境の函谷関にやって来た時に関所の役人であった尹喜の要望で、しばらく滞在して著したのが、この『道徳経』といわれている。
 きっと老子は、常日頃、宇宙の根源「道」に、より良く生きるその秘訣を問い続けて来た人なのだろう。
 その精髄をシンプルな章句にまとめ、書いたのだ。
 難解と言われている。
 それは、現代社会の通俗的にいわれている常識を基準に読むからだ。
 何しろ二千五百年前の、しかも人生の達人が、「道」という宇宙の根源と対話して、はじめて明確に掴み取った人生の要諦なのだ。
 簡単な訳はない。
 しかし、読み進むうちに気付く事だろう。こんな生きる根本の核心をずばりといっている言葉はない。
 この「老子」が少しでも皆さんのより良い人生、愉快な人生を築く助けになる事を心から祈っている。

 

ビジネスリーダーのための「老子」道徳経講義』の「はじめに」を著者と出版社の許可を得て掲載しました。無断転載を禁じます。

ビジネスリーダーのための「老子」道徳経講義』(ちくま新書)
著:田口佳史; 出版社: 致知出版社; 発行年月:2017年1月; 本体価格:2,808円
田口佳史(たぐち・よしふみ)
田口佳史

  • 東洋思想研究家、株式会社イメージプラン代表取締役社長

1942年東京生まれ。新進の記録映画監督として活躍中、25歳の時タイ国バンコク市郊外で重傷を負い、生死の境で『老子』と出会う。奇跡的に生還し、以降中国古典思想研究四十数年。東洋倫理学、東洋リーダーシップ論の第一人者。企業、官公庁、地方自治体、教育機関など全国各地で講演講義を続け、1万名を越える社会人教育の実績がある。 1998年に老荘思想的経営論「タオ・マネジメント」を発表、米国でも英語版が発刊され、東洋思想と西洋先端技法との融合による新しい経営思想として注目される。

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