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ピックアップレポート

2018年02月13日

国保 祥子『働く女子のキャリア格差』

国保祥子
株式会社ワークシフト研究所所長、育休プチMBA代表

はじめに

こどもが生まれたら営業成績が良くなった!?

2014年初夏、私は娘を出産して育児休業期間を過ごしていました。こどもとひたすら向き合う日々は楽しいものの、復帰後に果たしてこれまで通りに仕事をしていけるだろうか、育児と両日しながら働くということが自分にできるだろうかという漠然とした不安を抱えていました。

しかし、育児中に出会った「働くママ友」美佳さんがふと口にした言葉が、大きな転機になりました。美佳さんは、ネスレグループの企業で法人向けの営業に従事しており、そのとき第2子の育休中でした。

第1子を出産して時間の制約を受けるようになってから、営業成績が急によくなった。成果が出たら仕事が面白くなったので、今回の第2子の育休を利用してさらにビジネスを勉強したいと思っているが、ビジネススクールは子連れでは通えない。どうしたらいいでしょうか?」

この話を聞いて、私は「出産後にパフォーマンスが上がる女性がいる!」と目から鱗がぼろぼろと落ちました。同時に研究者としての好奇心がむくむくと湧き上がり、なぜそんなことが可能になるのかを知りたいと思いました。

一般にはあまり知られていませんが、育休中でも意欲が高い女性は、自発的にこどもを実家やベビーシッターに預けて通常のMBAコースやオンラインの学習プログラムを受講しています。ただそうした女性は、最初から管理職や起業が視野に入っている少数の方々です。世の中の多くの女性はそこまで明確なキャリアプランを持っているわけではありません。「女性はその程度の学習意欲しかないのだろうな」と勝手に考えていたので、美佳さんの話は「こどもを預けるというハードルは越えられないが、将来のキャリアを見据えて勉強したい意欲を持つ女性がいる!」と、私の意表を突くものでした。

いわゆる普通の女性たちが経営教育プログラム受講することで、どのような変化があるのかに、研究者ととしても1人の母親としても興味を持ったのです。

そこで、美佳さんが会場確保と参加者集めを、私が管理職やリーダー層向けの経営教育教材をアレンジして準備し、乳児連れでも学べる「育休プチMBA」と名付けた勉強会を2014年の7月から開催することになりました。

最初は5、6人での細々とした活動でしたが、プレジデント・オンラインやNHKに取材・掲載されたことで反響が大きくなり、私や美佳さんが育休を終えても参加希望者が後を絶たなかったため、育休中のメンバーでボランティアチームを組織して、活動を継続するスタイルに変更しました。

勉強会の告知をfacebookに掲載して数時間後に、参加定員が埋まってしまう現象を目の当たりにして、これほど就業意欲や学習意欲の高い育休中の女性が多いことに驚いています。

人事部・管理職男性の悩み

私は経営学者として、民間企業や官公庁といった「組織」や、そこで働く「人材」について研究しています。学位をとったのは経営学大学院(いわゆるビジネススクール)なのですが、実務家向けに経営教育を行っているビジネススクールには、様々な組織の現場における人材教育の相談が持ち込まれます。私も研究者と教育の傍らで、企業の従業員や行政機関の職員といった実務家を対象にした人材育成を手掛けるようになりました。

中でもリーダー育成や管理職育成のプログラムを担当することが多く、経営層・管理職・若手リーダーを対象に、ビジネススクールスタイルのケースメソッド教育で経営者目線の思考トレーニングを提供しています。

そうした人材育成の現場では女性を見かけることは少なく、また研修に参加していても発言をほとんどしません。社内に女性はいないのかと尋ねると、人事部や管理職の男性の答えは「女性社員はいるのですが、意識が低くて研修に応募してこないのです」というものでした。他にも企業の現場では、

  1. 「女性は独身のときは優秀で頑張り屋だけれど、こどもができると育休中心の生活をしたがるようになり、人が変わったように仕事へのやる気を失う」
  2. 「小さいこどもを持つ女性は、こどもの病気で頻繁に休んでは周りに負担をかけ、職場に不満が溜まる」
  3. 「身軽な独身女性は、こどもがいる女性のフォローをして当然。女性同士だから苦労も分かりあえるでしょ」
  4. 「女性は管理職になりたがらない、いつまでも責任のない立場で楽をしたがる」

などといった声をよく耳にします。

女性の問題、とくに子育てをしながら働く女性を取り巻く問題は、女性意識が原因である、したがって解決するためには女性が変わらなくてはいけない、という意見が優勢であることがこれらの意見から分かります。表だって口にはしませんが、「女性側に問題はあるのだから、女性を採用したくない、妊娠したらできれば辞めてほしい」と考えている会社も少なくないと思われるのです。

働く女性の実際

私は「育休プチMBA」勉強会を通じて、4000人近くの働く母親と接してきました。その中で、人材育成の専門家として、興味深いことがいくつか分かってきました。

まず、一般的に「女性は出産すると仕事への意欲を失う」と言われていますが、出産が直接的な原因ではないことが明らかになりました。むしろ育休中の女性たちの就業意欲は、意外にも高いことがデータにも表れています。育休から復職した女性が、どのような困難に直面するのかを調べていくと、原因は女性個人というよりも職場環境や女性と管理職とのミスコミュニケーションにあることが分かりました。

一方で、育休プチMBA参加者のその後を調査すると、復職後のほうが上司からの評価が高くなった、予定より早く昇進することになった、という事例もいくつかあります。

生産性マネジャーは、相手の気づきを引き出すので、部下は自分の個性を生かし、納得したやり方で成果を出せるようになります。多様化した顧客ニーズに対しては、誰にでも当てはまる正解というものはありません。正解が提示されなくても、部下がその場にあったやり方を見つけて、納得して前に進むことで多様な社会に新しい価値を提供します。

そうしたデータや目の前の事例を見ているうちに、企業が女性に期待をしないのは、女性という経営資源に関して大きな誤解をしているだけであり、実は大きな宝が眠っているということにきづきました。

女性側からは「うちの会社や上司は子育て中の社員への理解がない」という愚痴が出ますが、よくよく聞くと単なる誤解の結果であることも分かってきました。

そうした意欲も能力も高い女性たちが、職場環境が整っていないばかりに、出産をきっかっけにパフォーマンスを発揮できなくなるというのは大きな社会的・経済的損失なのではないか、経営学者として解決するべき問題なのではないかと考えるようになりました。

経営課題としての「女性と仕事」

過去10年、日本社会はめまぐるしい変化を遂げています。スマートフォンが発売され、リーマンショックが起こり、日本航空が会社更生法を申請し、フィンテックが台頭し、東芝の不正会計、日産自動車や神戸製鋼所の品質データ改竄が次々と明らかになり・・・・・と以前であれば予測できなかったことが、たくさん起こっています。女性だけでなく男性も、いつ職を失っても不思議ではありません。夫婦の3組に1組は離婚すると言われています。今私たちが直面しているのは、仕事にしろ育児にしろ、変化のスピードが速く不確実性の大きい社会なのです。

こうした社会において、「男性は仕事、女性は家庭」という従来の性別役割分業は、少しリスクが高い選択のように私には思います。

そうした中、女性が育児と両立しながら仕事で活躍するためには、どういった要素が必要なのか、そのために組織や個人が何をすべきなのかという領域についての研究はほぼ存在しません。この組織と個人に関する課題を解決することを目的に、私は経営学者という立場場で研究をしています。本書では、その1部を分かりやすく紹介していこうと思います。
本書の構成は次の通りです。

序章では、働く女性が直面している状況をデータで概観します。

第1章では、女性に関するよくある誤解を取り上げて解説します。女性個人の特性だと考えられている問題が、実は職場の問題なのだということが分かると思います。

第2章では、女性の間に生まれつつある断絶について説明します。働く女性も多様化しており、同じ女性なのだから・・・・・という対処法はもはや通用しなくなっています。

第3章と第4章では、働く女性が出産を機に陥りやすい代表的なキャリアの落とし穴について解説するとともに、脱却のためのヒントを提示します。

第5章では、女性という人材を活かすことの企業にとってのメリットと、その際の課題となる3つの条件をうまく克服している事例を紹介します。

第6章では、私が専門とする経営学を使って、育児と仕事を両立するうえで知っておくと少し楽になる知識を紹介します。

第7章ではこうした働く女性を取り巻く問題を次世代に継承しないために、あなたができることや学ぶことの大切さを紹介します。

終章では、育休中に学ぶ機会をつくったことで、復職前より働きやすくなった、活躍できるようになった人の事例を紹介します。

なお最初におことわりしておくと、女性がこどもを持つか、仕事を続けるかは個人の選択だと思っています。全ての女性や男性がこどもを持つべきだと考えているわけでもありませんし、育児に専念する生き方を否定しているわけでもありません。仕事を続ける場合も、キャリアアップだけが幸せだとも思っていません。

でも、選択肢を多く持つことは、豊かな人生につがるのではないでしょか。働きたいのに働けない、キャリアアップをしたいのにできない、両立したいのに諦めざるをえない。そうした状況に陥る人を減らしたい、人生の選択肢を多く持てる人を増やしたい、というのが私の願いです。

そして、もし育児と両立しながら仕事をしていきたい、または自社にそうした女性社員を増やしたいと考えているならば、あらかじめ知っておいたほうがいいことがたくさんあります。私個人の経験からも、研究者として様々なデータを見ていても、育児期間をどのように過ごすかは、その後活躍ができるかどうかを大きく左右するようです。

本書では、そうした事実をデータや理論で伝えるとともに、出産を経ても活躍できる女性はどこが違うのか、活躍している女性がいる職場はどこが違うのかについても迫ってみたいと思います。

「女性の擁護」をするのではなく、組織や会社の目線から見て、なぜ女性に期待や投資をすることが合理的なのか、どうすれば女性が「権利主張者」ではなく「組織貢献者」になり得るのかを、研究者として解説したいと思います。

 

働く女子のキャリア格差』の序章を著者と出版社の許可を得て掲載しました。無断転載を禁じます。

働く女子のキャリア格差』(ちくま新書)
著:国保祥子; 出版社: 筑摩書房; 発行年月:2018年1月; 本体価格:864円
国保祥子(こくぼ・あきこ)
  • 株式会社ワークシフト研究所所長、育休プチMBA代表、静岡県立大学経営情報学部講師

経営学博士。静岡県立大学経営情報学部講師、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科非常勤講師、早稲田大学WBS研究センター招聘研究員、上智大学非常勤講師。専門は組織マネジメント。民間企業や行政機関の経営人材育成プログラムの開発および導入に従事し、Learning Communityを使った意識変革や行動変容を得意分野とする。

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